[連載]アメシストの神秘 紫の復権 1908年の出版以来、『赤毛のアン』は多くの映画やアニメも作られてきたロングセラー小説。日本でも人気の高いこの名作、実は色と宝石、なかでも「紫」と「紫水晶(アメシスト)」が重要な役割を果たしています。
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vol.9 『赤毛のアン』に見る“紫”と色彩表現
色と宝石の描写から伝わる作者モンゴメリの人物像
『赤毛のアン』の物語は、原題のAnne of Green Gables (緑の切妻屋根のアン)の「緑」と主人公の髪色の「赤」に始まり、さまざまな色で彩られています。「自然描写や心情描写に色を多用するのは、モンゴメリ(1874~1942年)の作家としての特徴の一つです」と話すのは、『赤毛のアン』を中心としたL・M・モンゴメリ作品の研究者である石井英津子さん。
明治大学兼任講師
石井英津子さん(いしい・えつこ) 
聖心女子大学大学院 文学研究科英語英文学専攻 修士課程修了。修士(英語英文学)。白百合女子大学大学院言語・文学専攻(英語学・英米文学分野)博士課程、単位取得満期退学。白百合女子大学助教、東京女子医科大学非常勤講師等を経て、現在は明治大学兼任講師。英語圏児童文学会、日本カナダ文学会、日本カナダ学会等に所属し、『赤毛のアン』を中心にL.M.モンゴメリ作品を研究している。
「小説の舞台であるカナダのプリンス・エドワード島で生まれ育ったモンゴメリは、周囲の色鮮やかな美しい風景を愛でる感性と描写する表現力に大変優れた人でした。日記や手紙にもそうした描写が多く見られます」。
『赤毛のアン』にはモンゴメリが好んだという「紫」の描写が多く、なかでも印象深いのが孤児のアン・シャーリーを引き取ったマリラが母親から受け継いだ「紫水晶のブローチ」の話です。


©アン・シャーリー製作委員会
アニメ『アン・シャーリー』より、アンが魅了された紫水晶のブローチが描かれているシーン。
「マリラの母親の遺髪が入ったブローチは、自分のルーツを感じさせてくれるお守りのようなものであり、熱心なキリスト教信者であるマリラが、そのブローチなしでは教会に行かれないと考えるほど大切にしているもの。紛失騒動をきっかけにマリラとアンの絆が深まる、物語においても重要な存在です」。
撮影/本誌・大見謝星斗
プリンス・エドワード島の「グリーン・ゲイブルズ・ヘリテージ・プレイス」に展示されているブローチ。文献によると、カナダのノヴァスコシア州でアメシストが産出される。

モンゴメリが生きた時代に制作されたブローチ(アメシスト×ダイヤモンド×シルバー×ゴールド、イギリス、19世紀後期)53万3500円(アーツ&アンティークス ミアルカ)
Anne of Green Gables(1908)
‘Oh, Marilla, it’s a perfectly elegant brooch. I don’t know how you can pay attention to the sermon or the prayers when you have it on. I couldn’t, I know. I think amethysts are just sweet. They are what I used to think diamonds were like. Long ago, before I had ever seen a diamond, I read about them, and I tried to imagine what they would be like. I thought they would be lovely glimmering purple stones. When I saw a real diamond in a lady’s ring one day I was so disappointed I cried. Of course, it was very lovely, but it wasn’t my idea of a diamond. Will you let me hold the brooch for one minute, Marilla? Do you think amethysts can be the souls of good violets?’
「ああマリラ、なんてりっぱなブローチでしょう。それをつけていて、よくもお説教なんか聞いていられると思うわ。あたしだったら、聞いていられないにきまってるわ。
紫水晶って、ただ美しいというほかないわ。あたしが考えていたダイヤモンドとおなじだわ。ずっと前、まだ一度もダイヤモンドを見たことがなかったときに、あたし、本で読んで、どんなものか想像してみて、
きっと美しい、ぼうっと光る紫色の石だろうと思ったの。ある日、女の人の指輪にほんとのダイヤモンドを見たとき、あたしがっかりして泣いてしまったの。もちろん、とても美しいにはちがいないけれど、あたしの考えていたダイヤモンドみたいじゃなかったのですもの。そのブローチ、ちょっとあたしに持たせてくださらない、マリラ。
紫水晶って、おとなしいすみれたちの魂だと思わない?」(第13章)
The air was sweet with the breath of many apple orchards, and the meadows sloped away in the distance to horizon mists of pearl and purple;
あちこちのりんごの果樹園の香りで空気はかぐわしく、牧場はゆるやかな傾斜を見せて、 はるかかなたの真珠色と
紫にかすむ地平線の中へとけこんでいた。(第2章)
—a glorious October, all red and gold, with mellow mornings when the valleys were filled with delicate mists as if the spirit of autumn had poured them in for the sun to drain—amethyst, pearl, silver, rose, and smoke-blue.
紅と金色で照りはえた十月の朝だった。谷にはうすもやがたちこめて、それはあたかも太陽に──
紫水晶や真珠や銀やばらやくすんだ青色やを、すくいあげさせようとして秋の精が張りわたした網かとも思われた。(第24章)
英文出典/Anne of Green Gables(初版本復刻版) 日本語訳出典/『赤毛のアン』モンゴメリ著 村岡花子訳(新潮文庫)
紫水晶を初めて目にしたアンが一瞬でその美しさに魅了される様子は、ダイヤモンドとの対比も含め、アンらしいユニークな言葉で語られています(上の引用参照)。石井さんによると、モンゴメリ自身は「アンは実在しません」と語っていたそうですが、「本棚のガラス扉に映る自分を見て友達だと思って話しかけるなど、アンのエピソードのいくつかは作者の経験が元になっていることがわかっています。想像力と表現力が豊かなところも重なりますね」。
右はAnne of Green Gables の初版本復刻版。左はモンゴメリのスクラップブックをもとに作られたImagining Anne:The Island Scrapbooks of L.M.Montgomery。
紫水晶やダイヤモンド、真珠などの宝石が、比喩も含めてたびたび登場するのも本作の特徴。理由として考えられるのは、モンゴメリおよびアンが美しいものを好んだことと、庶民も宝石を身につけられる時代になっていたことで、初版本の挿絵のアンは真珠のネックレスをつけています。「イギリスの女性参政権運動とも時代背景が一致しており、活動家たちが『サフラジェットジュエリー』(「Give Woman Vote=女性に参政権を」を意味するGreen〈緑〉、White〈白〉、Violet〈紫〉の宝石を組み合わせた宝飾品)を身につけていました。『赤毛のアン』だけではなく、アン・シリーズ『アンの娘リラ』などにも政治にまつわる描写が多々あり、モンゴメリの日記にも『わたしも死ぬまでに一度くらいは投票ができるかもしれない。(中略)しかしともかく嬉しいことだ。』と書かれています。女性の社会進出を体現していたモンゴメリ自身は、牧師夫人という立場もあって、表立ってはいえなくても、そういった活動やジュエリーに影響を受けていたのかもしれません」と石井さん。
美しいアメシストを取り巻いているのは、希少な天然真珠を半分にカットしたハーフパール。ブローチ(アメシスト×ハーフパール×ゴールド、イギリス、19世紀中期)31万3500円(アーツ&アンティークス ミアルカ)
色や宝石に注目しながら『赤毛のアン』の世界を再訪すれば、子どもの頃夢中になった物語の新しい一面に気づくかもしれません。
写真提供/「アン・シャーリー」
公式サイト:
https://anime-ann-e.jp/・
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