アルビオンアート・コレクション 美と感動の世界 比類なきジュエリーを求めて 第12回 歴史的ジュエリーの世界的なコレクターである有川一三氏の「アルビオンアート・コレクション」。宝飾史研究家の山口 遼氏の視点で宝飾芸術の最高峰に触れる最終回は、戦後のジュエリーの特徴について考察します。
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Vol.12
大戦後のジュエリー
戦争がジュエリーに与えた影響
ジュエリーにとって最大の敵は戦争です。20世紀に入ってからの2度の世界大戦ほど、ジュエリー産業に打撃を与えたものはありません。特に世界中を巻き込んだ第二次世界大戦がジュエリー産業、とりわけ主な生産地であった欧州に及ぼした影響は大きく、半死半生の様相でした。作る側の打撃だけでなく、買う側のお客様が消え失せたのです。1945年の終戦後は、客としてジュエリーを買うことができたのはアメリカ人だけという時代が10年以上続きました。
しかし宝石商はタフです。戦争中でも細々と生産は続いていたのですが、終戦とともに早速ジュエリー作りが始まります。そして戦後に作られたジュエリーには、それまでにない特徴があります。それはわかりやすく小さいということです。歴史的な背景のあるデザインや技術を使ったものは影を潜め、シンプルにわかりやすいデザインや作りのものが主流となります。それは顧客のほとんどがアメリカ人であったためだと思います。別段アメリカ文化を軽んじているのではなく、明るくてわかりやすく見栄を張らない、アメリカ人の好みの特徴が出たものです。そんなジュエリーをいくつか見てみましょう。
1.ヴァン クリーフ&アーペル 作
50s バレリーナ・ブローチ 
素材:プラチナ、サファイア、ダイヤモンド
製作年:1951年
製作国:アメリカ
最もわかりやすく、人々になじみがあるものは、今も昔も動物です。動物には人間も含まれます。典型的なのはヴァン クリーフ&アーペルの作品で、同社が1941年に初めて発表し、戦後アイコンとなったバレリーナをご覧ください。[1]はダイヤモンドとサファイアで誰が見てもわかるバレリーナを表現しています。これは50年代のものですが、ダイヤモンドにはさまざまなカットのものが使われており、宝石の使い方が大きくて大胆です。
2.ティファニー 作
50s 小鳥のゴールドブローチ 
素材:ゴールド、ダイヤモンド、サファイア
製作年:1950年頃
製作国:フランス
3.ティファニー 作
50s 飛翔する鳥のクリップ 
素材:ゴールド、プラチナ、ダイヤモンド、サファイア、エナメル
製作年:1950年代
製作国:フランス
鳥をデザインした具象の作品も多い。[2]の羽を膨らませたひよこのブローチ、本当に可愛いですね。[3]は飛翔する3羽の鳥が重なったクリップ。どちらもティファニーのものです。おそらくパリかロンドンの支店で、アメリカ兵が帰国する時に買ったものでしょう。当時は欧州で英語が通じる唯一の宝石店だったのですから。
4.カルティエ 作
あひるのクリップ 
素材:オパール、ゴールド、プラチナ、ダイヤモンド、ルビー
製作年:1950年頃
製作国:フランス
5.カルティエ 作
ロバのブローチ 
素材:ゴールド、エメラルド、エナメル
製作年:1950年代
製作国:フランス
胴体と頭がオパールのあひる[4]、ゴールドのロバ[5]はカルティエです。なんとも惚けた表情がユニークですね。胴体がトルコ石で頭でっかちの小鳥[6]と、たてがみを振り乱したライオンの子ども[7]はヴァン クリーフ&アーペル、そして飛び跳ねるシマウマ[8]はブルガリ。まるで小さな動物園のようです。いずれも誰が見てもわかりやすく可愛いデザインで、サイズが小さめということがおわかりいただけたと思います。
6.ヴァン クリーフ&アーペル 作
バードブローチ 
素材:ターコイズ、ゴールド、ルビー、ダイヤモンド
製作年:1950年代
製作国:フランス
7.ヴァン クリーフ&アーペル 作
ライオンブローチ 
素材:ゴールド、ダイヤモンド、エメラルド、オニキス
製作年:1965年
製作国:フランス
8.ブルガリ 作
ゼブラブローチ 
素材:ゴールド、ルビー、エナメル
製作年:1965年
製作国:イタリア
おそらく戦後すぐから60年代前半までは、欧米の大宝石商といえども、現代のように大きく高価なハイジュエリーは作っていなかった、たとえ作ってもあまり売れなかったと思われます。逆に、こうした小ぶりで可愛らしいジュエリーに人気が集中した。この時代のものは今となっては貴重で、コレクターも多いのです。時代のニーズやお客様があってこそ宝石店が成り立つ、それがよくわかる戦争直後のジュエリーたちです。
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