〔特集〕パリ『アール・デコ博』から100年 女たちの「アール・デコ」フランスで花開いた「アール・デコ」は2つの世界大戦の間におこった芸術運動です。より女性が社会進出していった時代、デザインにはどんな変化が起こったのか? アール・デコのジュエリーを中心に、時代を紐解きます。
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「アール・デコ」のジュエリーとは女性の社会進出の映し鏡である
現在にまで多くの影響を及ぼしているデザインの大きな潮流「アール・デコ」。その背景には、女性たちの生き方や社会との関わりの大きな変化がありました。新しいスタイルが生まれた時代のジュエリーについて、宝飾史研究家の山口遼さんが解説します。
《ロングネックレス》1924年(Pt、エメラルド、ルビー、サファイア、オニキス、エナメル、ダイヤモンド)ヴァン クリーフ&アーペル コレクション © Van Cleef & Arpels『 永遠なる瞬間 ヴァン クリーフ&アーペル ― ハイジュエリーが語るアール・デコ』より
アールデコのジュエリーを見る
文・宝飾史研究家 山口 遼
第一次世界大戦の半ば頃から1930年代の半ばごろまで、欧州の美術界を席巻したアール・デコと呼ばれるさまざまな芸術の中で、ジュエリーが占める比重はかなりを占めます。
第一次世界大戦による戦死者は700万人を超えるといわれますが、戦争に参加した多くは男性でした。男性がいなくなっては、当時は戦争はできても社会は回りません。
そこで女性の社会参加が始まります。男性の仕事をどんどん女性が引き継ぐことで、やっと社会が回る時代になります。当然のことながら、女性が自ら稼いだお金を手にし、自分のための消費が始まります。わずか百年前のことです。
こうした社会の変化は、ジュエリーにも大きな変化をもたらします。現在、アール・デコと呼ばれるジュエリーは、こうした社会の中で誕生しました。
考えてもみてください、今までの男社会に女性が進出して、どんどん働くようになったとき、ダイヤモンドだらけの大きな作品とか、大きくて曲がりくねったようなアール・ヌーヴォーのジュエリーを使えるでしょうか。
衣服のほうも、ココ・シャネルを筆頭に、大きく変化します。一口にいえば、全体がマスキュリンとでも言うべき、男性的なシルエットが主体になります。ジュエリーの世界でも変化は大きく、後年アール・デコと呼ばれる作品が中心となっていきます。
そんな時代の流れを受けて、これまでに存在しなかったアイテムも登場しました。たとえば、下写真の「クリップブローチ」と呼ばれるものは、普通の針が裏面についていません。
パパラチアサファイアを用いたクリップブローチ。1935年、推定アメリカ

カルティエ作、ダイヤモンドとロック・クリスタルのダブルクリップブローチ。クリップを一つでも二つ一緒にでも自由に着けられるという発想も新鮮。1930年頃、フランス
上の直線部分が蝶番(ちょうつがい)になっていて、パチンと挟んでつけます。ですから、衣服のほうにも直線がないとつけられない。
この時代、女性がスーツを着用することが増えており、スーツの襟の部分やポケットの上とか、あるいは綺麗な布で首まわりのネックレスを作り、その中央にパチンと留めて使います。特徴は簡単なこと、挟むだけですから、いかにも忙しく働く女性が好みそうなものでした。
全体に小ぶりでありながら、直線や幾何学模様をストレートに出すだけではなく、それまでのジュエリー技術を鮮明に生かしたアール・デコのジュエリー。
サファイアとダイヤモンドの直線デザインのブレスレット。1920年頃、イギリス

カルティエ作ダイヤモンドのブレスレット1935年頃、イギリス
そのデザインについては、前時代のアール・ヌーヴォーと比較しながら、次回でご説明します。
(次回へ続く。
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