アルビオンアート・コレクション 美と感動の世界 比類なきジュエリーを求めて 第11回 歴史的ジュエリーの世界的なコレクターである有川一三氏の「アルビオンアート・コレクション」。宝飾史研究家の山口 遼氏の視点で宝飾芸術の最高峰に触れる連載の第11回は、インタリオの魅力についてご紹介します。
前回の記事はこちら>>
Vol.11
インタリオの世界
カメオとは一味違う素晴らしさ
例えばジュエリーに関する本の中で、少し詳しい本ですと、日本の女性の皆さんが大好きなカメオと並び、インタリオと呼ばれる作品が紹介されています。ともに非常に似ており、硬い石の表面にデザインを彫ったものですが、カメオはデザインを彫り上げる、インタリオは彫り下げるという違いがあります。インタリオの方が歴史ははるかに古く、紀元前数千年からあります。
古代のインタリオは、エジプトとメソポタミアで発達しました。エジプトはスカラベの底辺に円形に彫ったもの、メソポタミアは円筒形の表面に彫ったものという違いはありますが、ともに粘土などの柔らかいものに押し付け、凸型の模様をつけるのに用いたようです。荷物などを結ぶ紐の封印に使われたともいわれますが、どうやら封印だけではなく、当時の生活の歴史を刻んだようなものもあり、用途はよくわかっていません。
素材:アゲート
製作年:紀元前8~7世紀
製作国:ネオ・アッシリア
ネオ・アッシリアン
シリンダーシール財産の確定や契約などの際に用いられたこのようなシールは、その時代すでにあった社会の高度さを示している。神々や英雄たち、王族と従者、動物たちなどの図柄は、アッシリア人によって採用された。
上は古代アッシリアのもの。円筒はシリンダーシールと呼ばれます。円筒だけでは柄がわかりにくいのですが、これを粘土に転写し、銀に写した下の図柄をご覧ください。神様や英雄と思われる人物が、動物たちと戯れていますね。次は、英国の貴族の家で19世紀に使われたもの。金の部分は鎧をつけた手のデザインですが、上下の先端に小さなインタリオがついています。貴族の紋章でしょうか、おそらく封書などの合わせ目に赤い蠟を垂らし、その上に押して封印するのに使ったのでしょう。太古と同じような用途が面白いですね。
素材:ゴールド、エナメル、カルセドニー、ブラッドストーン
製作年:1845年
製作国:イギリス
ヘアウッド伯爵夫妻のダブルエンド・シール文通用に考案されたデザインで、エナメルを施したゴールドの取っ手は、クラウンを冠したカルセドニーのインタリオを握っている。反対側の上の端はブラッドストーンのインタリオで、ヘアウッド伯爵夫妻の紋章が彫られている。
インタリオと対比されるカメオは、ずっと遅くヘレニズム時代にギリシャで生まれ、主に装飾用に用いられてきましたが、これに影響されたのか、インタリオをジュエリーに用いる動きが出てきます。中世、ルネッサンス、近世と、流行り廃りを繰り返しながら、多くの優品が残っています。しかし、インタリオには、カメオと比較すると彫られたデザインがわかりにくいという欠点があります。カメオは色の違う複数の層がある石を使いますので、その色の対比でデザインがよくわかる。ところがインタリオは、基本的に一つの色合いの石に彫り下げるので、決まった角度でないとよく見えません。にもかかわらず、インタリオのジュエリーは19世紀になっても多く作られています。主に指輪とペンダントが多いのですが、その中でも最高のものを2つご紹介します。
素材:ゴールド、サード
製作年:1780~1784年頃
製作国:イタリア
インタリオペンダント「ヘラクレス」下のリングと同様に、ナサニエル・マーチャント作のペンダント。サードの金色がかった琥珀色や透明感をいかした肖像の造形は圧巻で、ヘラクレスの美徳が表現されたインタリオの傑作といえる。
素材:ゴールド、サード
製作年:1780~1784年頃
製作国:イタリア
インタリオリング「ファルネーゼのヘラクレス」イギリス人の宝石彫刻家、ナサニエル・マーチャント作。古代ローマの一大彫刻「ファルネーゼのヘラクレス」に想を得たリングで、絶妙な彫り加減が、筋骨たくましい肉体の力強さを際立たせている。
ともに18世紀末頃に英国人の作家が作ったもので、古代の遺品のデザインを応用し、ギリシャの英雄ヘラクレスをテーマにしています。指輪は全身、ペンダントは顔、いずれも見事な彫りです。カメオとは違う、柔らかでなめらかな造形の美しさがおわかりでしょうか。インタリオの素晴らしさは、もっと見直されてもよいのではないかと思う今日この頃です。
(次回へ続く)
・
「比類なきジュエリーを求めて 」の記事一覧はこちら>>>