[連載]アメシストの神秘 紫の復権(後編) 美しい紫の宝石「アメシスト」の復権を願う宝石界の第一人者・諏訪恭一さんが、今回、京都に訪ねたのは草木染めの染織家・志村洋子さんの工房です。お二人の対談から見えてきたのは、古来、日本人にとって紫は特別な色であったということ。私たちがこの色にロマンを感じるのは、DNAのなせるわざなのかもしれません。・
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vol.4 なぜ、人は「紫」という色に惹かれるのか?(スペシャル対談 後編)
志村 飛鳥時代に聖徳太子が冠位十二階を制定した際、最高位の色が紫とされたこと。平安時代に誕生した『源氏物語』は著者の紫式部をはじめ、重要な女性たちの名前が、桐壺(桐の花が紫色)、藤壺、紫の上と、紫色に由来すること。紫という色について考えていくと、日本人の精神性や価値観といったものにつながっていることがわかってきます。昔から日本人が紫に惹かれ、大切にしてきた背景には、「移り変わることを尊ぶ思想」があると思うんですね。青と赤の間を移ろう紫という色は、四季があり、その変化を愛でる日本人の価値観に通じています。それも見た目の変化を楽しむだけでなく、音や香り、味覚など、五感をすべて用いて楽しみますよね。先程、
紫根の入った釜から香りがしていたでしょう?
諏訪 甘い香りがしました。
【糸の色彩環】25年ほど前、ゲーテの色彩論に影響を受けた志村さんと母・ふくみさんが制作された色彩環。草木染めにこれほど多彩で鮮やかな色のバリエーションがあることに驚かされる。
志村 紫式部は紫という色そのものももちろん好きだったと思いますが、この色が生まれる工程や、紫のきものをどういう人たちが好むといったことも、非常によくわかっていたのだろうと思います。私は日本人の心の色は紫だと思っているので、その紫の宝石を復権させたいという諏訪さんの思いを伺い、驚くと同時に嬉しく思いました。
諏訪 植物園の花菖蒲がアメシストと同じ色だと気づいたことから、紫について深く考えるようになりました。
志村 花菖蒲と宝石を結びつけるなんて、見事な発想の飛躍ですね。紫の話をもう一つしますと、私は一昨年、高野山の友人のご主人が最高位のお坊さんになられた際、その儀式に参列しまして。金剛峯寺の広間に全山のお坊さんが大勢集まられた立派な儀式だったのですが、ご主人は最初墨染めの衣で登場され、その後、真っ赤な衣に着替えられたんです。儀式の後、友達に「赤の先はあるの?」と尋ねたところ、紫という返事でした。仏教の世界において紫という色は、大変精神性の高い色なのですね。紫は調べるほど、深い色だと感じます。
【宝石大色相環】諏訪さんが365石の宝石を使用して、次女の智子さんと制作。特別展『宝石 地球がうみだすキセキ』で宝石の多様性を示すものとして展示された。現在は国立科学博物館所蔵。
諏訪 「きれい」とか、そういう言葉では表現しきれませんよね。「尊い」という表現がふさわしいと感じます。
志村 神様に近い色ですものね。
諏訪 おっしゃるとおりです。だからこそ、私は合成のアメシストがもたらした現状が残念でならないのです。日本にも合成品を作れる技術はありますが、基本的には作りません。日本人の心には「お天道様が見てる」という考えが根付いていますから。
志村 大事な考えですね。
諏訪 志村さんは化学染料をどう思っていらっしゃいますか。
志村 これだけ世の中で使われているものを否定する気はありません。ただ、「自分の仕事は植物染料でする」と決めています。植物は探しにいくのも染めるのも、すべてが楽しく、一生懸命になれる。でも、化学染料ではそうはいきませんから。
諏訪 私も合成石を全面的に否定するつもりはないんです。アクセサリーに使うのは構いません。ただ、宝石のように見せかけて、金儲けに使うのはよくない、ということです。
志村 合成石も、何か宝飾品以外の形で役に立つのではないですか。
諏訪 それはそのとおりで、たとえば、工業用の合成ダイヤモンドは不可欠です。ただ、それを「人工宝石」と呼んで宝石のように扱うのは違う。宝石とは自然が作ったものだけを指しますから、「人工宝石」は存在せず、「人工石」なんです。志村さんの糸は自然からのいただきもので染めた本物ですから、そこが宝石との共通点ですね。
志村 はい。美しい糸は蚕と植物の犠牲の上に生まれますから、いただきものだという感覚は強いです。宝石はもっと古く根源的で、最初から地球の中に存在したわけですよね。
諏訪 宝石はすべて太古の地球からの預かりものだと思っています。
志村 自然の命をいただくという私の気持ちと、地球からの預かりものという諏訪さんのお気持ちは、根底において同じですね。この考えが人類共通のものだったら、どこの国の人とも平和な対話ができるのにと、思わずにはいられません。
諏訪 私もそう思います。紫に導かれて、平和の話にいきつきました。やはり特別な色ですね。
志村洋子さん(しむら・ようこ)1949年東京都生まれ。染織家、随筆家。30代で母・志村ふくみ(重要無形文化財「紬織」保持者)と同じ染織の世界へ。89年に、染織を通して宗教、芸術、教育など文化の全体像を学ぶ場として京都に「都機(つき)工房」を創設。2013年に芸術学校「アルスシムラ」を母、長男・昌司とともに開校。最新の作品集に『鏡 志村洋子 染と織の心象 The Lady of Shalott’s Mirror:Kimonos by Yoko Shimura』(求龍堂)がある。
諏訪恭一さん(すわ・やすかず)1942年東京都生まれ。慶應義塾大学卒業。65年米国宝石学会(GIA)宝石鑑別士の資格を取得(日本人第一号)。諏訪貿易会長。国際貴金属宝飾品連盟色石委員会副委員長、国際色石協会執行委員などを歴任。2022年国立科学博物館特別展『宝石 地球がうみだすキセキ』監修。『決定版 宝石』(世界文化社)、『価値がわかる宝石図鑑』(ナツメ社)、『知っている人は得をしている宝石の価値』(新潮新書)など著書多数。
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