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なぜ、人は「紫」という色に惹かれるのか?【染織家 志村洋子さん × 諏訪貿易会長 諏訪恭一さん 特別対談】

2025.08.27

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[連載]アメシストの神秘 紫の復権 美しい紫の宝石「アメシスト」の復権を願う宝石界の第一人者・諏訪恭一さんが、今回、京都に訪ねたのは草木染めの染織家・志村洋子さんの工房です。お二人の対談から見えてきたのは、古来、日本人にとって紫は特別な色であったということ。私たちがこの色にロマンを感じるのは、DNAのなせるわざなのかもしれません。

前回の記事はこちら>>

vol.4 なぜ、人は「紫」という色に惹かれるのか?(スペシャル対談 前編)

志村洋子さん(しむら・ようこ)志村洋子さん(しむら・ようこ)
1949年東京都生まれ。染織家、随筆家。30代で母・志村ふくみ(重要無形文化財「紬織」保持者)と同じ染織の世界へ。89年に、染織を通して宗教、芸術、教育など文化の全体像を学ぶ場として京都に「都機(つき)工房」を創設。2013年に芸術学校「アルスシムラ」を母、長男・昌司とともに開校。最新の作品集に『鏡 志村洋子 染と織の心象 The Lady of Shalott’s Mirror:Kimonos by Yoko Shimura』(求龍堂)がある。

諏訪恭一さん(すわ・やすかず) 諏訪恭一さん(すわ・やすかず)

1942年東京都生まれ。慶應義塾大学卒業。65年米国宝石学会(GIA)宝石鑑別士の資格を取得(日本人第一号)。諏訪貿易会長。国際貴金属宝飾品連盟色石委員会副委員長、国際色石協会執行委員などを歴任。2022年国立科学博物館特別展『宝石 地球がうみだすキセキ』監修。『決定版 宝石』(世界文化社)、『価値がわかる宝石図鑑』(ナツメ社)、『知っている人は得をしている宝石の価値』(新潮新書)など著書多数。 

志村 ようこそ、京都までおいでくださいました。

諏訪 お目にかかれるのを楽しみにしておりました。今、おきものを拝見して、やわらかな紫に自然の色を感じました。私は自然の産物である紫の宝石、アメシストを復権させるべく取り組んでおります。

志村 「復権」ということは、今のアメシストの評価に満足されていないということですね。

諏訪 はい。アメシストは王族に愛される高貴な宝石だったのですが、19世紀に価格が急落しました。産出量が増大したためで、それ自体は悪いことではないのですが。

志村 より多くの人にとって、手が届きやすくなったんですものね。

諏訪さんが東京から持参したアメシストの原石。

諏訪さんが東京から持参したアメシストの原石。


諏訪 問題は40年ほど前、ロシアで合成アメシストが開発され、それがインドで研磨されて本物と混ぜて売られ始めたことなんです。宝石業者は、間違って販売して信用を失うことを恐れ、アメシストを扱うことを躊躇するようになりました。本物かどうかは鑑別に出せばわかるのですが、高価な宝石ではないため、そのコストをかけたくないと考える業者がほとんどなのです。

志村 息子たちのお嫁さんが2人とも2月生まれなのですが、宝石店に誕生石のアメシストがないと嘆いていました。そういう事情だったのですね。

諏訪 地球の人口は約80億人、2月生まれは12分の1の6億人強。装身具として求めるのは主に女性として3億人分の需要があるのに残念でなりません。アメシストと同じ自然界からの贈りものである植物で、美しい紫色の糸ときものを作られている志村さんとは、共通する思いがあるのではと勝手に感じております。

紫草の根、紫根。志村さんの次男、宏さんが滋賀県東近江市にある禅寺、永源寺の近くで栽培している。

紫草の根、紫根。志村さんの次男、宏さんが滋賀県東近江市にある禅寺、永源寺の近くで栽培している。


志村 私もです。今日はまず、紫根(しこん)(紫草(むらさき)の根)で糸を紫に染めるところをご覧いただきましょう。紫草は絶滅危惧種の植物なのですが、次男の宏(ひろ)が滋賀県で栽培しています。

諏訪 染料となる植物の栽培まで手がけていらっしゃるのですか。

紫色の糸とアメシストの原石を前に談笑するお二人。同じ染料から、こんなにも多彩な紫の糸が生まれる。きもの1枚を仕立てるのに、このような糸の束が16綛(かせ)用いられるのだそう。

紫色の糸とアメシストの原石を前に談笑するお二人。同じ染料から、こんなにも多彩な紫の糸が生まれる。きもの1枚を仕立てるのに、このような糸の束が16綛(かせ)用いられるのだそう。

鉱物の紫にはかないませんが、植物の紫も素晴らしいんです。命をいただいていますから──志村さん

志村 以前分けてくださっていた製薬会社が8年ほど前に栽培をやめてしまい、それからです。栽培が難しい紫草は作り手も少なく、入手先が見つからず困っていたとき、「染色のために、ぜひ紫草を栽培したい」と申し出てくださった農家の方があって、次男が一緒に栽培するようになりました。畑のある滋賀県東近江市は市の花である紫草を絶やさぬよう取り組んでいます。これも紫の復権ですね。

諏訪 大切な取り組みですね。

志村 紫色に染めるには、その紫草の根を煮出した液に絹糸を入れて染め、媒染して色を定着させます。

諏訪 紫根の液で染めた段階では赤かった糸が、媒染液をくぐらせると一瞬で紫になるのは魔法のようですね。

志村 媒染の時間や回数を増やすと、青みの強い紫になります。ただ、植物の鮮度や天候などで色が変わるので、「今日はこの色が出ます」とはいえません。そこが植物の面白さなんですけれどね。関西では赤みのある紫が好まれますが、私自身はちょっと青みのある紫が好きです。
絹糸を紫色に染める工程。

1.紫根を70度未満の低温で煮出した液に糸をつけ、まんべんなく染める。 1.紫根を70度未満の低温で煮出した液に糸をつけ、まんべんなく染める。

2.この段階では糸は小豆色。 2.この段階では糸は小豆色。

3.椿の灰汁とアルミニウムを原料とする媒染剤からなる媒染液につけると、糸はたちまち紫色に。媒染には色素を定着させる効果と、発色をよくする効果がある。 3.椿の灰汁とアルミニウムを原料とする媒染剤からなる媒染液につけると、糸はたちまち紫色に。媒染には色素を定着させる効果と、発色をよくする効果がある。

4.空気に触れると、再び色が移ろい、青みが少し抑えられる。最後に水で洗う。 4.空気に触れると、再び色が移ろい、青みが少し抑えられる。最後に水で洗う。

撮影/中村 淳 取材・文/清水千佳子 監修/諏訪恭一

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