[連載]アメシストの神秘 紫の復権 アメシストの神秘に迫る本連載。監修者である諏訪貿易の諏訪恭一会長は、宝石そのものについて「地球の尊いカケラ。潜在力のある原石を見つけ、人が美しさを引き出した存在。人から人へ受け継がれ、価値を持ち続けるもの」と定義します。アメシストも、“地球の尊いカケラ”の一つ。それがどのように受け継ぐべき価値ある宝石の形に導かれていくのかを、今回は紐解いてみましょう。・前回の記事はこちら→
vol.2 地球のカケラから価値ある宝石へ──アメシスト誕生からの軌跡

外側から見ただけではわからないが、中に空洞があり、割ると内部が水晶や瑪瑙(めのう)などの鉱物で覆われた石のことを「ジオード」(日本語で晶洞(しょうどう))という。こちらはアメシストの晶洞標本(ミュージアムパーク茨城県自然博物館所蔵)。実際のサイズは、幅95×奥ゆき75×高さ60センチとかなり大きい。このようなジオードから原石が採取される。
「アメシスト」とは、一体どんな石なのか?
「紫水晶」とも呼ばれるアメシストは、その美しい紫の色が特徴ですが、原石からジュエリーになるまでには、石の持つ色や硬度、屈折率などの個性を生かして姿を変えていきます。ほかの四大宝石の特性とも比較しながら、その過程に迫ります。
私たちは、原石を、カット・研磨し、貴金属の枠にセットして装身具(ジュエリー)として身につけます。紫水晶の結晶や、アメシストのルース(カット・研磨したもの)をご覧になったことのある方も多いと思いますが、原石はどのようにカットされるか、ご存じでしょうか。
写真協力:Constantin Wild GmbH&Co.KG

さきで紹介したような「ジオード」の中にあるアメシストの結晶を、特製のハンマーで割り出し、結晶の割れ目など弱い部分も落とす。結晶の性質とハンマーを利用してより早く正確に原石から良質な部分を得ることができる。さらに研磨機で形を整え研磨し、装飾品に加工する前の「ルース」となる。
アメシストの場合、ジオード内で複数の結晶が成長します。結晶は自然環境の中で長い時をかけて少しずつ成長するため、その大きさや色の乗り具合、透明度は一つ一つ異なります。マイナー(鉱山採掘者)はその中から、透明度が高く、色が美しい結晶を見極め、ハンマーで母岩から結晶を割り出して作業しやすい大きさに整えた後、カット・研磨の工程に入ります。
「ハンマーで宝石となる原石を割る」と聞くと、驚かれるかもしれません。アメシストは、ダイヤモンドやルビー、サファイア、エメラルドといった「四大宝石」に比べて結晶(原石)が大きく、産出量も多いからこそ、このような方法がとられます。
一方、四大宝石は、原石が小さく、産出量も限られているため、母岩から原石を外す際に母岩をハンマーで砕くことがあったとしても、原石そのものを割るということはしません。
▼「アメシスト」とほかの四大宝石との違いは? 
アメシストは産出量が多く、原石も大きいので良質なものを入手しやすく、よいものだけが研磨される。一方、ダイヤモンド、ルビー、サファイア、エメラルドの四大宝石は、産出量が少なく原石も小さいので良質な部分が限られ希少。多くのダイヤモンドは無色で、高い屈折率や硬度ゆえの美しい輝きや分散光、光沢がポイントである。一方、色石は屈折率、硬度ともにダイヤモンドほど高くないが、その魅力は色にある。アメシストは、色を愛でる点ではほかの色石と変わらないが、多様なサイズや形状を楽しめる点が魅力。
ハンマーで原石を整えた後、カッターは需要に応じ、原石の大きさ、透明度、形、色、インクルージョン(内包物)などの不完全性を総合的に見て、最適なカットスタイルをシミュレーションします。
アメシストは、透明度が高く、色味が綺麗でも、色むらが見られることがあります。そのため、宝石をテーブル面(上面)から見たときに、色が均一に美しく見える位置を考えてカットします。自然の産物であるため、色むらがあるのはごく自然なことです。人間一人一人が異なり、完璧ではないように、宝石の色も一律ではなく微妙に異なります。
しかし、装身具に仕立てた際には、多くの人が色むらがあるよりない方が美しいと感じるため、カッターは、完璧ではない地球の産物を、なるべく美しく仕上がるように趣向を凝らします。ここに宝石のカットの面白さ、職人の技があります。
一般的に、宝石の品質が同程度の場合、重量(カラット)が重いほど取引価格が高くなります。特に四大宝石は希少ですから、原石を目減り(カットや研磨により重量が減り、取引価格が下がること)させぬよう、結晶(原石)の形に沿ってカットします。また、可能な限り重量を残すだけでなく、最大限美しさを引き出せる位置でカットすることも重要です。
無色のダイヤモンドはその高い屈折率と硬度を生かし、ブリリアントカットなどの輝きや分散光を楽しむカットに仕上げます。ルビー・サファイア・エメラルドはダイヤモンドほど屈折率も硬度も高くないですが、持ち前の美しい色を生かすカットが採用されます。
アメシストもほかの色石と同様、色を重視したカットが施されます。原石が大きく豊富に産出されるため、四大宝石ほど目減りを気にせずにすみ、カットスタイル(カットの種類)の自由度は格段に上がります。太古の昔から親しまれてきたアメシストですが、多様なカットで新たな作品を生む未来に可能性を秘めた石なのです。
▼濃淡と美しさで判別するアメシストのクオリティ
写真は、諏訪恭一氏が考案した宝石のクオリティスケール(品質の物差し)。長年宝石の買い付けにかかわり、宝石の研磨地で見聞きした、現地で使われている基準を「濃淡(Tone)」と「美しさ(BeautyGrade)」のマトリックスにまとめたもの。各宝石を品質のよいものから順に、GQ(ジェムクオリティ)、JQ(ジュエリークオリティ)、AQ(アクセサリークオリティ)の三段階に大別し、品質と価値の目安をつけることができる。アメシストの主な産地はザンビア、ブラジル、ウルグアイで、色は濃いものから淡いものまでが存在する。なかでもグレーやブラウンがかっていない純粋な紫で透明度が高く、トーンが6または5で美しさがSのものが最も美しいと感じる人が多いとされる。
このように、宝石は種類ごとに異なる屈折率や硬度、それぞれの原石の大きさ、色、透明度、そして産出量を考慮してカットされ、唯一無二の個性や美しさを発揮するのです。これが、地球のさまざまな条件下で長い年月をかけ育まれてきた「天然石」と、均質なものを無限に生産可能な「合成石」との決定的な違いであり、経済優先の現代社会において改めて注目したい点でもあります。
▼合成アメシストとの見分け方は?
合成アメシストは40年ほど前から市場に出回るようになったといわれる。天然か合成かを一般の方が見分けることは難しく、ラボなどで専門家に調べてもらう必要がある。専門家は、天然と合成の成長過程の差異で生じる特徴的なインクルージョン(内包物)や結晶内部の違いを観察したり、赤外分光計や「ICP-MS」という特殊な機械で調べ、総合的に天然か合成かを判別する。
諏訪恭一さん(すわ・やすかず)
1942年東京都生まれ。慶應義塾大学卒業。65年米国宝石学会(GIA)宝石鑑別士資格取得(日本人第一号)。諏訪貿易会長。国際貴金属宝飾品連盟色石委員会副委員長、国際色石協会執行委員などを歴任。2022年国立科学博物館特別展『宝石 地球がうみだすキセキ』監修。『決定版 宝石』(世界文化社)、『価値がわかる宝石図鑑』(ナツメ社)、『知っている人は得をしている宝石の価値』(新潮新書)など著書多数。
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