大阪・関西万博まで、あとわずか。170年以上にわたる長い万博史には、今につながる宝石やハイジュエリーの新たな発見がありました。
宝飾界のスターたちは万国博覧会から生まれた
文・山口 遼
世界で初めて開かれた万博は、1851年の「ロンドン万国博覧会」だとご存知でしたか。今日では、ジュエリーあるいは装身具というものは、博覧会とはあまり関わりがないのですが、この万国博では、大きな地位を占めていました。当時の展示は、原材料、機械類、製造物、美術品の4つのカテゴリーに区分されており、ジュエリーは製造物に含まれていました。
この時の展示物のハイライトは、インドから手に入れたばかりの「コ・イ・ヌール ダイヤモンド」。186カラット前後という大変な大きさで、光り輝くことから、“光の山”と名付けられたものです。
(1)写真:Alamy/アフロ
当初、インドでのこの宝石は、他の2つのダイヤモンドと一緒にセットされ、「バズ」と呼ばれる上膊(じょうはく)部につけるブレスレット(1)だったのですが、ロンドン万国博に際しては、台座から取り外して裸にして、光線が当たってよく光るように……と展示されました。ところが、会場では光線が当たる時間が1日に数時間しかなく、さっぱり光らないので、これを見にきた大衆からは大不評だったそうです。
そもそも当時のインド人は、カットによってダイヤモンドの重量が減ることを異常なまでに嫌いましたので、今のもののように最大限の輝きを得るために計算されたカットが施されていなかったのです。
そんな話を聞いたヴィクトリア女王は、展示が終わった後に、これを再カットすることに決め、その後に再々カットされて100カラット前後まで小さくなりましたが、これにより、とても光るようになりました。
(2)写真:Ullstein bild/アフロ
今では英国王室の王冠の一つにセットされており、ロンドン塔で見ることができます(2)。
さて、英国に先を越されたフランスは、ときあたかもナポレオン3世の時代でもあり、この後、底力を発揮して頑張ることになります。なんと1855年、1867年、1878年、1889年と、立て続けに博覧会を開催したのです。もちろん、フランスのことですから、ジュエリーは大量に展示されていますが、今までと異なる点は、本物の専門家、つまり言いかえれば大宝石店が大挙して登場することになりました。
(3)提供:New Picture Library/アフロ

(4)写真:ALBUM/アフロ

(5)提供:New Picture Library/アフロ

(6)写真:ALBUM/アフロ

(7)©Tiffany & Co.
イタリアからはカステラーニ(3、4)とジュリアーノ(5)、ロシアからはファベルジェ(6)、アメリカからはティファニー(7)など、今日では歴史に名を遺すジュエリー界の名匠たちが大勢登場したのです。
もちろん、パリだけでなくロンドンもウィーンも博覧会を開催しますが、19世紀後半だけでいえば、パリがダントツであったと思います。
そして、どの博覧会でも素晴らしい大きな図録が作成されました。図録自体が美術品といっても過言ではない、見事な図版がぎっしりと載っており、今見ても非常に参考になります。
しかし、この19世紀の世紀末頃を境にして、博覧会の性格は大きく変化します。美しいものを求めるよりも、役に立つ、便利さにつながるものが第一となる、モノたちの時代がやってきたのです。展示物も、機械類や工業製品がどっと増えて、美術や工芸品の比率が大きく減ってゆきます。
さらに20世紀になると、万国博の多くは、日常生活を豊かにし、技術を競い合う工業博あるいは産業博と呼んだほうがふさわしいテーマ設定となり、今日に至っていると思います。振り返ると万博とジュエリーとの蜜月は、ほんの半世紀ほどでした。しかし、これも人間の美意識の発展に大きな意味を残した時代であったと思います。
現在、巨大な会場に鳴り響く音や映像を見聞きしながら、果たして我々はこの百数十年の間に、何が進化して、何が退化したのか、また美しいものを追求する時代はやってくるのか、と考えています。
山口 遼 (宝飾史研究家)北海道生まれ。同志社大学英文学科卒業。ミキモトに入社。営業及び商品開発の専門家として勤務。在職中から趣味としてジュエリーの歴史を研究。退職後、宝飾史研究家や宝石商として講演、著作等を行う。著書に『ジュエリーの世界史』(新潮社)、『すぐわかるヨーロッパの宝飾芸術』(東京美術)、近著は『ジュエリーの真髄 アルビオンアート 至高の名品コレクション』(世界文化社)。
この記事の掲載号
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