アルビオンアート・コレクション 美と感動の世界 比類なきジュエリーを求めて 第4回 歴史的ジュエリーの世界的なコレクターである有川一三氏の「アルビオンアート・コレクション」。宝飾史研究家の山口 遼さんの視点で、宝飾芸術の最高峰に触れる連載の第4回は、モザイクが生み出す美についてご紹介します。
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気が遠くなるほどの精巧な表現とは
平面に絵を描くには、さまざまな技法があります。紙と絵具を使うもの、湿った漆喰に描くもの、日本画のように絹布に描くもの。ここで紹介するのは、モザイクと呼ばれるさまざまな色合いの石の小片を貼り付けて絵を描く技法です。
もともとは、おそらく歩道の敷石などから思いついたのでしょうか。事実、ポンペイの遺跡などで見るモザイクは、床や壁面の装飾が主で、そのテーマも多くは歴史上の場面や皇帝たちの像でした。キリストの時代になると、キリストあるいはマリアの像、さらには聖書の中の歴史的場面などが使われるようになり、その数は膨大なものです。床や壁面は大きいですから、使う石もそこそこの大きさがありますが、絵画になると、次第に小さくなります。
こうしたモザイクを見ているうちに、この技術をジュエリーに使えないかと考えた人たちがいました。主に南イタリアが中心ですが、このモザイク技術を極端にまで進めると、石の一片──これをテッセラと呼びます──が、ミリ単位になります。これをマイクロモザイクと呼ぶようです。
蝶番の部分以外は固定した形式のブレスレットをバングルといいますが、写真のバングルは、表の部分にはマイクロモザイクで絵を描き、反対側には金線を張り巡らせた細工を付けています。途方もなく精密なもので、オリジナルの箱もそのまま。よくもこうして今まで無傷で残っていたと感心します。
素材:ゴールド、ガラス
製作年:1860年頃
製作国:イタリア
チェザーレ・ロッケジャーニ 作
マイクロモザイクのゴールドバングルチェザーレ・ロッケジャーニは19世紀後半に活躍した高名なモザイク作家。ローマのコンドッティ通りに店を構え、優秀なモザイク職人を輩出した家系を継ぐ人物であった。硬質のバングルにローマを代表するモチーフを組み合わせた優美な煌めきは、「ロッケジャーニ宝飾店 12コンドッティ通り15 ローマ」と記されたオリジナルの赤いケースに今も収められている。
表の絵は、グイド・レーニという高名なフレスコ画家が17世紀初めにローマのパラッツォの一つのパビリオンに描き、現在も残っている有名なフレスコ画《アウローラとアポロン》を模したもの。フレスコに替わって、極めて精巧なマイクロモザイクがあしらわれています。4頭立ての太陽の馬車を操るのは、若き日のアポロン。その前を進むのは女神アウローラ。光を反射するベールに身を包み、馬車の前を進むことで、夜の闇を追い払います。アウローラとアポロンの間では、翼の生えたプットがアウローラを手伝っています。馬車の周りでは、若く綺麗な女神たちが鮮やかな色の服を纏い、手を取り合って踊っています。
この作品は、石に替えてさまざまな色合いのガラスの小片を集め、ここまで小さくカットし、デザインに合わせてそれを貼り合わせている。よく見てください、ブルー系の色だけでも6種類以上はあります。気の遠くなる作業だと思います。裏面の金線を張り巡らせた細工も、信じ難いほどに精緻です。技術的にはフィリグレ、グラニュレーションと呼ばれる金細工ですが、これほど念入りに作られたものは稀です。
今でもフィレンツェには、このモザイク技術の美術館のような工房があります。そこでは数ミリの厚さにカットしたさまざまな色合いの薄板が、天井まで積み上げてあります。現代でもこの技術はしっかり生きているのだと思わずにはいられません。
(次回へ続く)
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