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古代から受け継がれる「紫=高貴」という思想[連載]アメシストの神秘 紫の復権

2026.04.30

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[連載]アメシストの神秘 紫の復権 キリスト教美術に精通する立教大学教授の加藤磨珠枝(ますえ)さんに導かれ、聖書の世界を探訪。複数の記述から、キリスト教とアメシストに深い繫がりがあることがわかりました。貴重な写真の数々とともにご紹介します。

連載「アメシストの神秘」前回の記事はこちら>>

vol.10 「聖書」の世界のアメシスト

[連載]アメシストの神秘 紫の復権

古代から受け継がれる「紫=高貴」という思想

キリスト教世界が幕を開ける以前、古代世界において「紫」は高貴な身分や富、権力を象徴する色であり、紫の装束はステータスシンボルでした。立教大学教授で美術史家の加藤磨珠枝さんによると、ギリシャ神話の王の中には紫の衣をまとう者もおり、紀元前546年頃に滅んだリディア王国最後の王クロイソスは、古代ギリシャの聖地デルフォイの神殿に紫の衣を献上したと伝えられています。

立教大学教授、美術史家
加藤磨珠枝(かとう・ますえ)さん
立教大学文学部キリスト教学科教授。専門は西洋中世美術史。ローマ大学大学院に留学後、2000年に東京藝術大学美術研究科を修了、博士(美術)。編著に『教皇庁と美術』(竹林舎)、共著に『キリスト教美術の誕生とビザンティン世界』(中央公論新社)など。ジャケットの下にアメシスト色のニットを着て取材に応じてくださった。

立教大学文学部キリスト教学科教授。専門は西洋中世美術史。ローマ大学大学院に留学後、2000年に東京藝術大学美術研究科を修了、博士(美術)。編著に『教皇庁と美術』(竹林舎)、共著に『キリスト教美術の誕生とビザンティン世界』(中央公論新社)など。ジャケットの下にアメシスト色のニットを着て取材に応じてくださった。



紫色を尊ぶ思想は何世紀にもわたって続きましたが、古代ローマ社会では、紫への執着心が恐ろしい事件に繫がることもありました。マウレタニア王プトレマイオスがローマ皇帝カリグラに処刑されたのは、皇帝の色である紫の装束を公の場でひけらかしたためともいわれています。そうした紫への思いがキリスト教世界に受け継がれ、世俗における高貴さの象徴から、信仰上の高貴さの象徴へ移行したのでしょう。

キリスト教絵画に見られるアメシスト

《生命の泉》 ヤン・ファン・エイクの工房、1440〜50年、プラド美術館蔵

15世紀における反ユダヤ的宗教観を視覚化した絵画。3つの段で構成され、上段にキリストと聖母マリア、聖ヨハネ、中段に天使たち、下段に生命の泉と信徒たちを描写。 The Fountain of Grace. Workshop of Jan van Eyck ©Museo Nacional del Prado 提供:ALBUM /アフロ

The Fountain of Grace. Workshop of Jan van Eyck ©Museo Nacional del Prado 提供:ALBUM /アフロ


アメシストが描かれているのは、下段右側で目隠しをされ、敗北を意味する折れた旗を手に持つユダヤ教の大祭司の装束。「『出エジプト記』(28:19)の記述に従い、胸当てにイスラエルの12部族を象徴する12の宝石がはめ込まれており、第3列の紫の石がアメシストです」(加藤さん)。ほかにはルビー、トパーズ、エメラルド、ラピスラズリ、オパールなどの宝石が描かれている。

《生命の泉》 ヤン・ファン・エイクの工房、1440〜50年、プラド美術館蔵
紫という色とともに、キリスト教世界で尊ばれるようになったのが、紫の宝石、アメシストでした。そのことは聖書における象徴的役割を見ても明らかです。聖書は一般的に、「旧約聖書」と「新約聖書」に区分されます。「旧約聖書」は、神とイスラエルの民との「古い契約」を中心に、歴史・律法・預言などを記したユダヤ教とキリスト教に共通の聖典。一方、「新約聖書」は、イエス・キリストの生涯と教えを軸として、神と人間との「新しい契約」を示すキリスト教固有の文書群。アメシストはその両方に登場し、大切な役割を果たしています。

紫羊皮紙で作られた聖書の写本

《ロッサーノ福音書》 5〜6世紀、ロッサーノ教区博物館蔵

提供:New Picture Library/アフロ

提供:New Picture Library/アフロ


海産巻き貝の分泌液から作る希少な染料「ティリアン紫」で染められた聖典。「当時最高級とされた紫染料ですから、皇族ゆかりの聖書なのでしょう」(加藤さん)。
「旧約聖書」の『出エジプト記』28章19節では、ユダヤ教の大祭司の胸当てを飾る12種の宝石の一つとしてアメシストに言及しています。この胸当ては「神意を問う際に身につける聖具」として「裁きの胸当て」と呼ばれ、宝石はイスラエルの12部族を象徴するもの。加藤さんは、「アメシストが神の民であるイスラエルの部族の一つを代表する宝石に用いられたことから、イスラエル人の霊的共同体生活において、この宝石に重要な役割があったことがわかります」と話します。

聖都エルサレムの城壁の土台を飾るアメシスト

《ベアトゥス黙示録註解》 10世紀半ば、モルガン・ライブラリー&ミュージアム蔵

8世紀の北スペイン、リエバナの修道士ベアトゥスが著した『ヨハネの黙示録註解』の写本で、10世紀半ばの作。写真は「神の都」を展開図風に表したもの。

©The Morgan Library & Museum. MS M.644, fol.222v. Purchased by J.P. Morgan (1867-1943) in 1919.

©The Morgan Library & Museum. MS M.644, fol.222v. Purchased by J.P. Morgan (1867-1943) in 1919.


「都の城壁の土台は、あらゆる宝石で飾られていた。第1の土台は碧玉、第2はサファイア、(中略)第12はアメシストであった」(『ヨハネの黙示録』(21:19-20)より)。12の門それぞれに使徒がおり、その頭上の円形が城壁の土台を飾る宝石を象徴。下の写真は第12の門の拡大図で、アメシストは使徒マティアの頭上に赤い円で描かれ「ametitys」の銘が添えられている。

©The Morgan Library & Museum. MS M.644, fol.222v. Purchased by J.P. Morgan (1867-1943) in 1919.
「新約聖書」最後の書であり、唯一の預言書である『ヨハネの黙示録』21章19〜21節には、神の都エルサレムの城壁の土台の装飾にアメシストが用いられたとあります。「12番目にして最後の土台に飾られたアメシストは、神の聖なる計画の成就と完全性を象徴する重要な宝石の一つなのです」。

アメシストに守られた「聖なる茨」

《ペンダント型聖遺物容器》 1340年頃?、大英博物館蔵

アメシストと金、ロッククリスタル、七宝細工からなる聖遺物容器。ペンダントロケット型の容器は外側がアメシスト(写真左)。

Reliquary pendant of the Holy Thorn ©Trustees of the British Museum

Reliquary pendant of the Holy Thorn ©Trustees of the British Museum


蓋を開けると中央にロッククリスタルのパネルがあり、イエス・キリストが磔刑(たっけい)時にかぶせられた茨の冠の「聖なる茨」が収められている(写真右)。そのパネルと容器の内側には受難の6場面と羊飼いたちへの天使の告知場面、フランス国王フィリップ6世と最初の王妃、ジャンヌ・ド・ブルゴーニュが七宝細工で描かれている。
加藤さんはその高い価値を認めつつ、アメシストだけがキリスト教世界において特別な宝石だったわけではないといいます。「中世キリスト教思想において『調和』は、神が創造した世界秩序を示す原理でした。12個の宝石それぞれが象徴的意味を持ちながら、全体として調和しているのです」。

キリスト教世界に視点を置くことで、アメシストの新たな一面を発見することができました。

「アメシストの神秘」の記事一覧はこちら>>>

この記事の掲載号

『家庭画報』2026年05月号

家庭画報 2026年05月号

撮影/中村 淳 取材・文/清水千佳子

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