[連載]アメシストの神秘 紫の復権 紫。それは神秘の色といわれます。宝石の第一人者である諏訪恭一さんはある日、一面に咲く花菖蒲に心引かれ、その魅力を探求するうちに、アメシストとの共通点を見出しました。紫の宝石アメシストは、遥か昔、約5000年前にその美しさを見出されながら、この200年間は不遇の時代とも考えられます。ともに神秘性を湛える鉱物と植物。今こそ、紫の持つ秘密を解き明かし、宝石アメシストの価値を復権すべく、あらゆる角度からその魅力を紐解いていく新連載のスタートです。
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かつて「不遇の石」と呼ばれた宝石アメシストの価値とは?
「アメシストはもっと評価されるべき」と熱く語る諏訪恭一さんは宝石界の生き字引。“紫の復権”への願いを込めて、その長い歴史と価値を綴ります。
アメシストは水晶(クォーツ)の一種で、和名は紫水晶。モース硬度7はトルマリンやガーネットと同程度。2月の誕生石としても知られている。
アメシストは、最も歴史が長い宝石の一つです。古代エジプト時代にはすでに珍重されていたと見られ、中王国時代(紀元前21~前18世紀頃)の王の棺に納められたアメシストのスカラベの指輪が、東京・上野の国立西洋美術館に、橋本貫志氏によって寄贈されたコレクションとして保存されています。また古代ギリシャでは、ワインのような色合いから酒の神バッカスと結びつけられ、酒に酔わないお守りと信じられていました。有史以来、産出量が少なく、紫色が高貴な色とされたことから、宝石として長らく尊ばれてきたのです。
カボションカットを施した濃い紫色のアメシストはザンビア産。マット仕上げの貴金属部分と一体化した日常使いしやすいデザイン。リング(アメシスト3.20ct×YG)28万6000円/カイエ
しかし、1800年代にブラジルで大量に産出されたことをきっかけに、アメシストの価値は大きく下落しました。ドイツの鉱物学者マックス・バウアー(1844~1917年)は、その著書『プレシャス・ストーン』(1896年)で、1800年頃に英国王女が所有していたアメシストのネックレスの価格が1000ポンドだったのに対し、1900年には同様のものが100ポンドに満たなかったと記しています。大量供給が価格下落を引き起こしたのでした。
さらに、40年ほど前、ロシアが合成アメシストの製造に成功し、インドで研磨された合成アメシストが天然のものと区別されず市場に出回るようになりました。この影響により、アメシストの信頼は大きく損なわれました。天然と合成の見分けは鑑別で可能ですが、比較的廉価なアメシストに対して、手間とコストがかかります。宝石商は、誤って合成を天然として取引すれば信用を失うため、アメシストを積極的には扱わなくなったのです。
原石を見極め、その潜在力を存分に引き出したアメシストの数々。産出量が多い分、さまざまなスタイルにカットされ、輪郭や面の取り方にも自由度が高いのも魅力。
とはいえ、アメシストは本来、資質の高い宝石です。現在もブラジル、ウルグアイ、ボリビア、ザンビアなど世界各地で産出が続いており、それぞれが産地独自の特徴を持ちます。トレーサビリティを明確にし、質の良い原石を選び抜いたうえで、優れた構想のもと、カットと研磨を施して装身具に仕立てる。そうすることで、忘れられたアメシストの価値を呼び戻したい。また、この連載を通じ、宝石そのものへの理解が深まりましたら幸いです。
(文・諏訪恭一)
諏訪恭一さん(すわ・やすかず)1942年東京都生まれ。慶應義塾大学卒業。65年米国宝石学会(GIA)宝石鑑別士資格取得(日本人第一号)。諏訪貿易会長。国際貴金属宝飾品連盟色石委員会副委員長、国際色石協会執行委員などを歴任。2022年国立科学博物館特別展『宝石 地球がうみだすキセキ』監修。『決定版 宝石』(世界文化社)、『価値がわかる宝石図鑑』(ナツメ社)、『知っている人は得をしている宝石の価値』(新潮新書)など著書多数。