〔特集〕特別追悼企画 モードの帝王ジョルジオ・アルマーニその美学と偉大なる功績 2025年9月4日、ミラノにて、ファッション界を長らく牽引し続けてきた巨匠、ジョルジオ・アルマーニ氏が91歳で逝去しました。デザイナーとして生涯現役を貫き通し、独自のスタイルを確立した偉大なる人物として尊敬され、ファッション界のみならず各界の要人たちからも惜しむ声がやみません。2025年で創業50周年を迎え、数々のプロジェクトを進行中だったマエストロ。その活動の軌跡と家庭画報本誌取材での名言をご紹介します。
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GIORGIO ARMANI /SGP
GIORGIO ARMANI1934年イタリア・ピアチェンツァ生まれ。ミラノ大学医学部に在籍したのち、ミラノのデパート「ラ・リナシェンテ」で仕事を始め、1975年にジョルジオ・アルマーニ社を設立。亡くなる寸前まで生涯現役で活動したファッション界のレジェンド。
ジョルジオ・アルマーニと『家庭画報』の邂逅
家庭画報本誌では、ジョルジオ・アルマーニ氏の素顔、美学、創作の秘密に迫るべく、1990年代よりミラノのご自宅の取材や特別対談、インタビューなど、数多くの特集を組んできました。ここではファッションジャーナリストの先駆けとして、海外のトップメゾンやデザイナーと親交も深かった大内順子さんとの対話の一部をご紹介します。
【1995年11月号より】
ファッションジャーナリスト大内順子さんがインタビュー
大内順子さんが20世紀のファッションを動かした第一人者と絶賛するアルマーニ氏をミラノの自宅へ訪問。彼の考える“スタイル”から日本人の美意識へ至るまで、ジャーナリスティックに深く切り込んだインタビュー、「アルマーニの優雅な暮らしと美学」より。

服作りにおいて、最も大切にしていることやポリシーを教えていただけますか?
──大内順子さん
服作りには、表現する意識や感覚が非常に人間的であることが大切だと思っています。世間一般が必要としているのは攻撃的な流行より、ショックを与えない程度の“小さな変化”、“微妙な補塡”なのです。
──ジョルジオ・アルマーニさん

アルマーニさんにとって日本人とは?
──大内順子さん
日本人の行動力や一貫した考え方には素晴らしいものがあります。一種のミステリーを感じるほどです。東洋人すべてにいえることなのでしょうが、特に日本女性の不思議なまでの優雅な動きは、とても魅力的です。
──ジョルジオ・アルマーニさん
気鋭の建築家、ピーター・マリノ氏と共同作業で完成させたミラノの自宅を訪問。ミラノで最も好きな場所として氏が選んだのは、自身で設計した日本的な庭園(上)。東洋的な美を愛する巨匠らしく、書斎の本棚には日本の芸術や伝統についての本が多く並んでいた。
JUNKO OUCHI1934年上海生まれ。青山学院大学文学部英米文学科卒業後、モデルとして活躍したのち、日本で最初のファッション評論家でファッションジャーナリストとなる。テレビ、雑誌などの幅広い分野で活躍。仏政府から芸術文化勲章オフィシエ賞を受賞。
(次回へ続く。
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