ファッション
2023/05/16
天然素材を美しい色合いに染め上げた着心地のよい服で愛されるブランド「ヤッコマリカルド」をはじめ、さまざまな事業を手がけている「ワイエムファッション研究所」。渡邊万里子会長は80代にして今も、感度の高い発信を続ける“ファッションビジネス界のレジェンド”です。日本発のお洒落を元気づけてきたエピソードを連載で伺います。前回の記事はこちら>>
食材と同じように「布もいかに生地段階で“料理”するかが大切」と万里子はよく口にする。“ファッションをアートする”という気持ちで彼女は服作りに向き合ってきた。画家が絵の具の混ぜ具合にこだわり、陶芸家が土のこね方に心血を注ぐように、アーティスト気質の万里子が“布地の下ごしらえ”に情熱を傾けたのは自然なことだった。
1984年のコレクションより。ピンタックの幅に変化をつけたり、斜めに入れたりすることで、白いシャツに表情が生まれる。
美しい色に染める試行錯誤を重ね、どこまで柔らかな肌触りにできるかと願うような気持ちで洗いをかける。そういった“漬けたり晒したり”のみならず、料理になぞらえるならば“飾り包丁”や“隠し包丁”に当たるのが「ピンタック」だろうか。造型を左右する――布地に立体的な表情をもたせるための「ピンタック」という技法に万里子たちはオリジナリティを深めていく。
ピンタックとプリーツの違いをひと言で説明するなら、ひだだけなのか、ひだの折り山にステッチを施してあるかということになるだろう。ピンタックにはとても手間がかかる。
2014年のコレクションより。ヤッコマリカルドならではの遊び心が感じられる一着。
「ピンのように細かいひだ(タック)の上にステッチを施すピンタックは、ヨーロッパでは舞踏会のドレスのお仕立てなど、身体にフィットさせるところと、ふんわり広げるところの緩急をつける技法として古くからオーソドックスなものでした。技法として存在していたピンタックですが、その幅や向きに凝っていくと“デザイン要素”として活用できる、私たちヤッコマリカルドのデザインチームはその面白さにのめり込んでいったのです」
ラフォーレ原宿にヤッコマリカルドを出店し、カリスマ店長宮本さんが1000万円を売り上げていた頃、万里子たちは既に1着に150本もの細かいピンタック入れたシャツをデザインして大好評を呼ぶ。けれどこれは“工場泣かせ”のデザインでもあった。
バブル期で国内の縫製工場は奪い合いの時代。そんな時でさえ「90センチ幅に○本、いや今度は○本のピンタックを縫えるマシンを開発したよ」と懇意にしていた工場は機械化で応えてくれていたのだが、万里子は「う~ん、それはなんだか違うなぁ」と感じて、タイの自社工場へと制作を移行していく。
「たとえば、肩ヨーク部分にびっしりとピンタックを施すデザインの場合、1本1本のピンタックの“縫い止まり”の位置は違ってきます。縫い止まりの位置で糸を裏に引き、しっかりと結びとめるのは手作業でしかできません」。デザインに凝るということは、こうした“手仕事”が増えるということ。機械任せでは成し得ない。だからこそ美しく、人は着てみたくなる。
ピンタックの縫いどまりからふわっと裾が広がるデザイン。2010年のコレクションより。
ピンタックの可能性はどこまでも無限大。1ミリ以下の幅で細かく施すことはもとより、ステッチは細かいけれど折り山からステッチまでの幅を広くとってヒラヒラなびかせるアレンジもできるし、ステッチをかけた後に折り山にハサミを入れてフリンジのような表現を加えることも。レースを挟み込む、ステッチに色糸を効かせるなど、万里子たちが試みて実現したデザインは枚挙にいとまがない。
ピンタックを斜めにする、あるいはさまざまなピンタックを複合的にパッチワークすることでも新鮮な表情を帯びていく。そしてコットン、麻、シルクにカットソーと素材によってもイメージが変化するので、クリエーションの泉はとめどなく湧き上がった。
カットソーに斬新なピンタックを施して。2009年のコレクションより。
異素材のピンタックをミックスするデザイン性には「RCAを卒業した青(せい)の感性が大きく作用したと思う」と万里子は振り返る。事実、RCA時代の青の人脈で多くの才能豊かなクリエイターがヤッコマリカルドに関わっている。
しかも、どんなに凝ったデザインでも“すっきり着こなせる”洗練されたイメージを一貫しているのも凄いところだ。
「売れるカタチは決まっているんです」と万里子はいたずらっぽく笑う。こんなにバリエーションがあるのに?と、その言葉を一瞬疑うが、その真意はこうだ。「ヤッコマリカルドの服はオフボディシルエットではあるのですが、着たときに“スラッとして見える”ことが特徴。ダラッとした印象にしか着られない服を欲しがる人はいないのです。宮本を始め、ヤッコマリカルドの店頭スタッフはお客さまの声をよく聞きフィードバックします。どの服を着たいと思い、ご自分の体形に照らして着たいけれど尻込みするか、という点まで含めて」
オフボディシルエットの服のどこにピンタックを配するかで、すっきり着られる着映え効果はぐっと上がる。デザイン性と“密かな補整効果”をともに上げるピンタックを、ヤッコマリカルドは実に有効に扱っている。
2014年のコレクションより。縦に斜めにと自在にデザインされたピンタックが、着る人をスタイルアップさせている。
生地にピンタックを施してから服の形に縫い上げ、その後で染める“製品染め”スタイルなので、縮絨(しゅくじゅう)率を計算した上でピンタックの幅も算出することになる。「気が遠くなるほどの“面倒さ”ではあるけれど、柔らかな着心地、美しい“落ち感”を伴う服に仕上げるためには、後染め以外には考えられないのです」
うっとりするほど美しく、心を魅了してやまないヤッコマリカルドのピンタックは、日々の切磋琢磨から、バリエーションを増やし続けている。袖を通す女性が幸せに輝くために。
onlineshop@ym-fashion.co.jp |
“今”を自由に生きる人が、その個性を素敵に輝かせられるように。1977年創立の「ヤッコマリカルド」は心地よく着られる天然素材にこだわり、絶妙な美しい色合いの染めはもちろん、こまやかなピンタックなどの手仕事を軸とした丁寧なものづくりをしています。装う人の年齢を超越するような、リラックス感を伴ったモードスタイルに出会えます。
「ワイエムファッション研究所」会長。「ヤッコマリカルド」では、ロンドンを拠点にヨーロッパ、中東のクウェート、アメリカはニューヨークと国外にも商品を展開。タイの自社工場を中心に海外に工場を複数持ち、グローバルに活躍している。1938年(昭和13)北海道小樽市生まれ。84歳の今も元気に、プライベートな時間にはインナーマッスルのトレーニングジムへ通う。“発想のスケールが大きなマリ”という意味でいつしかニックネームは「デカマリ」に。明るく豪胆な人柄を慕うファン層が、業界や年代を超えて広がっている。
公式Instagram: @dekamari_ymfashion
01 ジャズ喫茶とクルマと芸術と。60年代TOKYOで生涯の友に出会う
02 原宿カルチャーの黎明期 2つの才能がタッグを組むまで
03 2児を抱えて東奔西走!骨董ライセンスで脚光を浴びる
04 和の伝統素材から先鋭のモードスタイルを切り拓く
05 会社なのに研究所? 新感覚のチームを率いて
06 毎日がまるで店頭コーディネート講座!? ラフォーレ原宿で異彩を放つ
07 バブル期到来! 新しい仲間も参入し、「楽しく着られる新しい服」を次々と発表
08 海外進出の道は“家族ぐるみ”の社交術で〈タイ進出編(1)〉
09 海外進出の道は“家族ぐるみ”の社交術で〈タイ進出編(2)〉
10 タイで“働く女性の味方”を貫き、海外経営の礎を築く
11 異国でもお客さまが絶えないお店
12 耳を傾け、とことん向き合う“デカマリ流”子育て〈その1〉
13 耳を傾け、とことん向き合う“デカマリ流”子育て〈その2〉
14 芸術的なピンタックがブランドの個性に
写真提供/ワイエムファッション研究所 取材・原稿/大杉美氣
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