〔連載〕80代、現役女医の一本道 病気とまではいえないけれど、なんとなくだるい、気分が落ち込む──。そんな健康と病気の間の不調には、漢方薬が効力を発揮します。漢方は「わかりにくい」「即効性がない」というイメージは過去のもの。西洋医学と東洋医学のいいとこ取りで、人生の満足度を上げましょう。
第10回 漢方の知恵で健やかに

撮影/鍋島徳恭
天野惠子(あまの・けいこ)1942年生まれ。内科医。医学博士。東京大学医学部卒業。静風荘病院特別顧問。日本性差医学・医療学会理事。NPO法人性差医療情報ネットワーク理事長。性差を考慮した女性医療の実践の場としての「女性外来」を日本に根づかせた伝説の医師として知られる。83歳の現在も埼玉県・静風荘病院の女性外来で診療にあたっている。
53歳、52歳、45歳の3女の母。 西洋医学の限界を東洋医学=漢方で補う
私が漢方薬に関心を持ち、本格的に学び始めたのは、約24年前。千葉県立東金病院の副院長に就任し、公立病院としては日本で初めて女性外来を開設したときです。
女性外来開設の当初の目的は、微小血管狭心症など、当時の日本ではまだ十分に認知されていなかった女性特有の病気を見つけることでした。しかし実際には、DVや家庭内の問題を背景としたメンタル不調、更年期に多く見られる不定愁訴など、西洋医学だけでは対応しきれない訴えが数多く寄せられました。私は、「この人たちを何とかして助けたい」と強く思うようになりました。
そこで千葉県内の女性外来担当医師を対象に漢方の勉強会を始めたところ、これが好評を博し、さらに製薬会社の協力を得て、全国の女性外来担当医師向けの勉強会へと発展していきました。
2000年代初頭は、「漢方薬にはエビデンスがない」と批判する医師も少なくありませんでした。ですが私は、数千年にわたって活用されてきた歴史そのものを根拠に、日本独自の「和漢」を学ぶ意義を全国で伝え続けました。やがて科学技術の進歩によって、漢方薬の効くメカニズムが解明されるようになりました。
2003年には大学の医学部のカリキュラムにも漢方が組み込まれ、現在では約9割の医師が漢方薬を処方するようになっています。
不足を補い、体全体のバランスを整える
漢方薬とは、主に植物由来の生薬を組み合わせ、体全体のバランスを整えることで不調を改善する薬です。
漢方では、体を構成する要素を「気(き)(生命エネルギー)」「血(けつ)(栄養を運ぶ血液)」「水(すい)(汗やリンパ液などの体液)」の3つと考えます。医師は問診に加え、脈診、舌診、腹診などを通して、気・血・水のどこに乱れがあるかを見極めます。
気の異常は、気が不足する「気虚(ききょ)」、気の巡りが悪い「気滞(きたい)」、気が上に逆流する「気逆(きぎゃく)」に分けられます。血の異常には、血が不足する「血虚(けっきょ)」、血の巡りが滞る「瘀血(おけつ)」、水の異常にはむくみに相当する「水毒(すいどく)」などがあります。
さらに漢方では「証(しょう)」という考え方を重視し、体の状態を「実証」「虚証」「中間証」に分類します。実証は体力や抵抗力が強いタイプ、虚証は体力が乏しく疲れやすいタイプ、その中間が中間証です。
医師は、気・血・水の状態と、その人の証から総合的に判断し、その人に合った漢方薬を選ぶのです。
不定愁訴に有効な三大処方
更年期に見られる冷え、のぼせ、めまいなど、不定愁訴といわれる症状に幅広く使われる代表的な漢方薬が、桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)、当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)、加味逍遙散(かみしょうようさん)の3種です。
桂枝茯苓丸は、瘀血(おけつ)による冷えやのぼせ、肩こり、頭痛の改善によく用いられ、比較的体力のある実証の人に向いています。当帰芍薬散は、血虚や水毒によるめまい、手足の冷え、肩こりに効果があり、虚証の人に処方されることが多い漢方薬です。加味逍遙散は、気逆による冷えやのぼせ、動悸、イライラなどの精神的な不調を改善し、更年期障害全般に用いられます。特に中間証の人に適しています。
このように漢方薬は、症状だけでなく体質によって合う薬が異なります。他人に効いた漢方薬を同じように飲んでも効果が出にくいのは、そのためです。
目的に合わせて漢方薬を使い分ける
漢方薬は「効き目が遅い」「長く飲み続けなければならない」と思われがちですが、芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)のように即効性があるものもあります。これは、こむら返りや筋肉痛に素早く効くため、登山愛好家が携帯することもあります。
風邪に効くとしてよく知られている葛根湯(かっこんとう)や、胃痛・腹痛に用いられる安中散(あんちゅうさん)も、比較的早く効果を実感しやすい漢方薬です。一方、慢性疲労や全身倦怠感の解消を目的とする十全大補湯(じゅうぜんだいほとう)などは、体質を改善するためのものなので、効果の実感までに時間がかかります。
漢方の基本は、体をバランスの取れた「中庸」の状態に戻すこと。症状が改善すれば、必ずしも飲み続ける必要はありません。
また「漢方は安全で副作用がない」というイメージがありますが、副作用が起きることはあります。代表的なものとして、甘草の血圧上昇やむくみなどの副作用が挙げられ、また桂皮はアレルギー反応を引き起こすことがあるので、シナモンアレルギーの人は注意が必要です。大黄(だいおう)には下痢や腹痛、子宮収縮の作用もあり、妊婦には処方しません。特に妊婦には処方しないほうがよい生薬は、ほかにもたくさんあるので、使用の際は必ず医師や薬剤師に相談してください。また、漢方薬は肝臓で代謝されるため、長期の使用には肝障害のリスクがあることも知っておきましょう。
ところで、高額なために敬遠されがちな漢方薬ですが、現在148種類の漢方薬が保険適用を認められています。
西洋医学との併用でQOLを高める
漢方薬は、原因がはっきりしない不調や、病気と診断されるほどではない状態に適しています。一方、明確な原因があり、短期間で症状を抑える必要がある場合は、西洋医学的治療が有効です。
更年期症状の背景に重大な病気が隠れていることもあるため、しっかり検査をすることが大前提です。ほてりやのぼせ、ホットフラッシュなどの典型的な更年期障害には、西洋医学的治療である、ホルモン補充療法(HRT)が第一選択となります。HRTで改善しにくい症状や精神的な不調、不定愁訴には、漢方薬が力を発揮します。双方の特徴を知り、上手に取り入れてQOLを向上させましょう。
“病院にかかる前に養生”が基本
漢方薬は、心身の揺らぎが大きくなる更年期以降の女性にとって、心強い味方です。ただし、薬の前に大切にしたいのが「養生」。養生とは、日々の生活習慣を整え、健康を守ることです。
「健康と病気の間の症状は規則正しい生活と漢方薬で適切に対処」

イラスト/上大岡トメ
暑いときには体を冷やすものを食べ、寒いときは体を温めるものを食べるといった、季節に合わせた食事や生活をすることが基本です。さらに、ぬるめのお風呂に浸かって体を温める、質のよい睡眠をとる、適度な運動をするといった、ごく基本的な生活習慣のリズムを見直すこと。そして、なんといっても大切なのは、小さなことにとらわれず、クヨクヨしないこと。前向きに上機嫌で過ごすことが、健康を保つ最大のコツです。
◆今月の生きるヒント◆
“なんとなく不調”には食事、睡眠、運動のバランスを見直す養生が基本。漢方を上手に取り入れ、前向きな気分で機嫌よく過ごす。
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