動物のほとんどは、生殖機能の終了とともに死を迎えます。しかし、人間は閉経以降も生き続けます。人間は、次世代に知恵を伝えるために生かされるのだと私は思います。そう考えると、更年期以降の人生は、文化を持つ人間だけに与えられた珠玉の時間なのかもしれません。
私の仕事についても少しお話ししておきましょう。私は現在、埼玉県の病院で女性外来を担当しています。今では全国に約250の女性外来がありますが、これは四半世紀ほど前、私が「性差医療」という概念を日本で初めて紹介したことが端緒となっています。当時、「更年期の体調不良は当たり前」という風潮があり、効果的な治療法も確立していませんでした。
一方アメリカでは、1990年頃から性差に着目した「性差医療」という考え方が広まっていました。男性と女性ではなりやすい病気や症状の表れ方が異なりますが、従来の医学は成人男性を基準に確立されていて、女性に当てはまらないことも多かったのです。
私は、診療を通じて更年期女性に特有の狭心症があることを突き止め、日本でも性差医療を行う診療科が必要だと強く感じていました。
そして、99年から続けてきた私の活動の一つの成果ともいえる「女性の健康総合センター」が、2024年、国立成育医療研究センター内に開設されました。女性の健康・疾患に特化した、日本初の国の研究拠点ができたのです。
私のこうした活動が目に留まったのか、先頃「吉川英治文化賞」という賞をいただきました。この賞は、「讃えられるべき実績をあげながらも、報われることの少ない人」に贈られるものだそうです。大変光栄なことではありますが、私にとってこれは、はじめの一歩にすぎません。男性中心の医療の世界で性差医療や女性外来の意義を理解してもらうことは非常に難しく、アメリカに遅れること30年でようやくここまで来ました。
今後も命の続く限り医師として女性の健康を支援しつつ後進を育成し、性差医療を推進していきたいと思っています。
・「人生に意味のない出来事なんて何一つない」。性差医療・女性外来の先駆者 天野惠子先生の半生→
『81歳、現役女医の転ばぬ先の知恵』この記事の掲載号
構成/石井栄子