新世代の鍼灸師に訊く 第20回(前編)鍼灸院は「未病を予防する」ことから「病気を改善する」ことまで守備範囲が広く、身近な健康アドバイザーとしてもっと活用したい医療施設の一つです。
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更年期から起こりやすいトラブルの予防法・解決法「抗がん剤副作用のしびれ」
宋順姫先生(Moran鍼灸治療院)

Moran鍼灸治療院 院長 宋順姫(ソン・スニ)先生 1962年、東京都生まれ。大学卒業後、大手電機メーカーに就職。健康管理に鍼灸を活用していた母の影響で興味を持ち、社会人になってから鍼灸師の勉強会に参加し東洋医学を学び始める。50歳で会社を早期退職し東洋鍼灸専門学校に入学。2016年に開業。人々のセルフケア力を高めるために神奈川県川崎市の「暮らしの保健室」などでお灸教室を開催。
経絡に沿ってしびれの境界点を探し出し、境界点に鍼と灸を施術して症状を軽減する
Moran鍼灸治療院院長の宋順姫先生は母親が自分で鍼やお灸をして健康管理に役立てている姿を見て育ち、東洋医学に興味を持つようになりました。社会人になると鍼灸師が集まる勉強会に参加して東洋医学を学び始め、自分の健康管理に生かしてきました。
「いつか系統的に鍼灸を勉強したい──」。その夢を叶えるべく50歳で鍼灸学校に入学し、鍼灸師の資格を取るとお灸教室を開催するようになります。
「鍼灸の優れている点はセルフケアに活用できることです。そのことを通して自分の体を見つめ直し、一人でも多くの人に健康になってほしい。それが私の目指している鍼灸です」。
東洋医学特有の診察法である四診で体の状態を最初に確認する。
施術の精度を高めるうえでしびれの境界点の共有が大事
宋先生は、地域のさまざまな場所でお灸教室を開催し、この9年間での開催件数は160回以上に及びます。健康や病気のことで困ったとき、ふらっと立ち寄って気軽に医療者に相談できる「暮らしの保健室・川崎」も定期的にお灸教室を開催する場所の一つです。ここで宋先生はがん患者さんたちに出会います。
「がん薬物療法の副作用に悩んでいる人が多く、なかでもしびれに困っているケースが少なくありませんでした」。
鍼の柄を使って5ミリ間隔で脚を突き、しびれの境界点を探す。
抗がん剤の種類によってはしびれ(末梢神経障害)の副作用を引き起こすことがあり、シスプラチン、オキサリプラチン、ドセタキセル、ボルテゾミブなどの薬剤が知られています。また、薬剤の投与回数を重ねるにつれ増悪(ぞうあく)し、一度出現すると回復に時間がかかることもわかっています。残念ながら現段階では確立された予防法も治療法もありません。
6本の経絡の走行に沿って見つけ出したしびれの境界点に鍼灸を施す。施術回数を重ねると週単位でしびれの境界点が変わっていく。
東洋医学でも施術法が確立されておらず、宋先生は手探り状態で治療を開始。「幸い患者さんがとても協力的で、いろいろな方法を試させてくれました。そして、最後にたどり着いたのがしびれの境界点に鍼灸を行う施術法だったのです」。
そのヒントになったのは患者さんのひと言でした。
「医師からどの神経が障害されているのかわからないと言われたと聞いてひらめいたのです。多くの経穴(ツボ)は神経の走行上に位置することから経絡(
※1)に沿って探すとしびれの境界点が見つかり、そこに鍼灸をすればしびれの症状が改善するのではないかと──」。
※1 経絡とはエネルギーが流れる通路のことで、全身に特性を持った流れがある。 宋先生は、それまでの治療を通してしびれの境界に対する患者と施術者の認識がずれていることが気になっていました。「例えば、足先がしびれると患者さんが訴えるので、その部分を鍼灸で刺激してみると全然違っていて、もっと足の上部からしびれていることが多々あったのです。施術の精度を高めるうえで境界点を共有することがとても大事でした」。
早い回復のカギを握るのは患者による毎日のセルフケア
こうして宋先生が見出した施術法のポイントは次のとおりです。
「胃経、胆経、膀胱経、脾経、肝経、腎経の走行に沿って5ミリ間隔で鍼の柄で脚を突いてしびれの境界点を見つけ出し、細い鍼または知熱灸で刺激します。また、手足の末端はしびれが強いため、八邪(はちじゃ)(手指にある経穴)と八風(はっぷう)(足指にある経穴)にも鍼灸を追加します。足底がしびれているときは足裏にある湧泉(ゆうせん)や失眠(しつみん)の経穴に鍼灸を行うのも効果的です」。
強いしびれが出る手足には八邪(上右)と八風(上左)に鍼を。足底のしびれには湧泉に鍼(下右)と知熱灸(下左)を施術。緩和ケアの施術法を参考にした。
足底のしびれに悩んでいた子宮体がんの患者さんは施術を始めて12週間後、砂浜を裸足で歩いているような足底の感覚がガムテープを踏んでいるような感覚まで改善し、念願の墓参りに出かけました。また、杖が必要だった乳がんの患者さんは杖なしで歩けるようになりました。
一方、宋先生は患者自身も毎日ケアに取り組むことがしびれの早い回復のカギを握ると指摘します。ゆえに適切な箇所に鍼灸が行えるようセルフケア指導にも余念がありません。
「患者さんに教えていただくことは本当に多いです。これからもその声を大切にしながらあらゆる症状や病気に挑んでいきたいです」。
診療案内
神奈川県川崎市中原区丸子通2-707-7
TEL:044(572)5486 完全予約制
診療時間/火曜・木曜・金曜・土曜
10時~12時、14時~20時(土曜17時まで)
休診日/日曜・月曜・水曜・祝日
診療費/鍼灸治療(60分)5500円、抗がん剤副作用のしびれ(70分)6500円
http://www.rlsm.bb4u.ne.jp/~moran/*米ぬかカイロはBASEショップで通信販売もしている
https://moranshinkyu.thebase.in/※次回へ続く。
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