つらくて不安なあなたに伝えたい「私の介護体験」第13回 きょうだい3人で場所や時間を提供し合い、ローテーションを組んで父の介護を続けた岸本葉子さん。自身のがん体験や洞察力を生かして、父の内面や父との関係性を深く見つめた5年間でもありました。認知症が進んだとき最後に残るものは何だろう―。そんなことも考えさせられるお話でした。
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兄・姉と分担。5年間の“チーム介護”。父の存在自体に、価値があった
岸本葉子さん(エッセイスト)

岸本葉子(きしもと・ようこ)さん 1961年神奈川県生まれ。暮らしや俳句を題材にエッセイを数多く発表。2001年の虫垂がん、09年からの介護を経て、執筆活動を続けている。著書に『がんから始まる』(文春文庫)、『週末介護』(晶文社)、『二人の親を見送って』(中公文庫)、『60代、不安はあるけど、今が好き』(中央公論新社)ほか。近著は『俳句 五七五の幸福論』(青萠堂)。
公式サイト https://kishimotoyoko.jp/
父の家に3人が交代で通う、チーム介護ならではのルール
兄と二人暮らしの父を日中一人にしておくのは心配だ。しかし施設に入る経済的余裕はない。さてどうするか──。岸本葉子さんが出した答えは「兄、姉と自分が通いやすい場所に父の住まいを購入し、交代で父を介護する方法」でした。
できる限り誰かがそばにいられるよう、平日は兄が父の家を拠点に出勤・帰宅する、平日の昼間は姉が来る、土曜日は岸本さんが泊まり日曜夜に兄と交代するローテーションを組み、チーム介護は5年間続きました。
「力を合わせないと父を支えきれないことは共通の認識」(岸本さん)とはいえ、それまで異なる価値観で暮らしていた大人が共同で行う介護にストレスはつきものです。
「物事を推し進めるスピード感や細かな家事の進め方の違いにやりにくさを覚えることもありましたが、介護により多くの時間を割いている姉や兄の意向を優先しました。相手が介護から離れている時間の過ごし方を詮索しないのも暗黙のルール。私が用事で週末に行けなくなったときは、理由を一切聞かずに誰かが代わってくれました。私は二人から信頼されている、と強く感じることができました」。
がん体験から気づいた父の内面。正しい技法を知ることの大切さ
“介護する人・される人”という相対する関係が定着しつつある中、岸本さんは父の内面に一つの共通点を見出します。糸口は、ご自身が40歳で直面したがん体験でした。
「当時、私の心を占めていたのは不安と、未来への計画を立てにくい不確実さでした。父も同様ではないか、しかも認知症は不可逆的で老いの先にあるのは確実な死。父は、より厳しい状況に一人で立ち向かい、周囲に当たることもなく不安や不確実と闘っている大先輩なのだ──。こう気づいたら父が巨人のような大きな存在に思え、このとき芽生えた尊敬の念は症状がどんなに進んでも変わりませんでした」
介護の指針となった私物の本。『認知症の人のつらい気持ちがわかる本』(杉山孝博監修 講談社)、『痴呆を生きるということ』(小澤 勲著 岩波新書)と、父の家の鍵。「玄関を開けると、不思議と雑念が引っ込み、心が鎮まりました」。
一方で岸本さんは数多くの関連書籍から介護の指針を得たといいます。その一つが、正しい技法を学ぶことの大切さ。たとえば岸本さんはよく台所から、リビングで座っている父の背中越しに話しかけていました。のちに背後からの声かけは不安を抱かせる、正面から同じ目の高さで話しかけることが大事だと知ります。ほかにも声のトーンや話す速度、体の触れ方など、認知症の人にきちんと“あなたが大切だ”と伝えるには根拠に基づく技法があるのです。
岸本葉子著『週末介護』。
勘違いを正さず演技することも技法の一つ。真夏のある日、雪国のテレビ番組を見ていた父が「まだ雪降ってる?」と聞いてきました。岸本さんが「今はやんでるみたい」と話を合わせると、父は「そうか、また降りだしてこないうちに寝よう」とベッドへ。
「思い込みと行動に妙に辻褄が合っていたので思わず笑ってしまいました。口を開くたびに“違うでしょ”と否定され続けたらどんな気持ちになるでしょう。ケアする側の言動をケアされる側はどう受け止めるのか──介護や老年医学の専門家が現場経験や理論に基づいて発信する情報を知るのは、とても意味のあることです」。
心に残る言葉
2010年頃、父が紙に書き留めた文章を見つけた。
「好きな言葉吾妹子=my dear daughter」
──おそらく父は万葉集か何かのテレビ番組を見ていて「吾妹子(わぎもこ)」という言葉に反応したのだと思います。
吾妹子とは、妻や恋人など「愛しい人」を指す古語。
父は本来の意味を知っていたはずですが、そのときは咄嗟に娘を連想したのでしょう。
「=」で結び、わざわざ英語に置き換えています。父が過去に学んだ古語、今現在、自分の身近にいて世話をしてくれる娘、そして昔覚えた英単語──。
父の中でバラバラに存在していた“好きな言葉”がこのときパズルのように合体したのでしょうか。メッセージ性に溢れた言葉の組み合わせに私は心を鷲摑みにされました。 ドアを開けるとそこは、心が鎮まる“純度の高い場”
認知症が進行し、社会との繫がりや自我の硬い部分が削ぎ落とされていったとき、人には何が残るのでしょうか。父は、胆嚢炎で入院した際、隣で人が寝ていることを伝えると、自分の状況把握も怪しいのに「じゃあ、静かにしないといけないね」と周囲への気遣いを示しました。かろうじて会話が成立していた頃、「みんなが仲よく楽しそうにしているときがいちばん幸せだ」とも。
「“人としての柔らかさ”は父の特性として最期まで保たれ、父の周りはふわっとした温かさに包まれていました」。
その温かさを、岸本さんは“純度”と表現します。「父の家に向かうときはたいていやり残した仕事や家事のことで慌ただしく、気が重くもあるのですが、玄関を開けると何か純度の高いものがそこにあり、雑念は居心地が悪くなるのか、すっと引いていきました。高い純度の源は、ただ部屋で座っているだけの父。看取った後の喪失感も大きく、あらためて父の存在自体に価値があったのだと実感しています」。
*認知症の人への対応法は「日本ユマニチュード学会」のHPも参考になります。
https://jhuma.org/ チーム介護に必要な3つの心がけ
*岸本家の場合
1.自分ができることを提供し合って分担する家を用意する、平日や週末の時間を割く、役所の手続きを受け持つなど、それぞれが自分にできることを提供し、分担して、チーム介護が成立しました
2.介護に多くの時間を使っている人のやり方を優先する要介護認定を受ける時期などの方針も洗濯物のたたみ方など細かな流儀も、介護により多くの時間と労力を使っている人のやり方に合わせました
3.介護に携わっていない自由な時間をお互いに尊重する介護の担当時間以外に、相手がどこで何をしているかを詮索しない。自由な時間の尊重は信頼関係の証です
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