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30年続いた母の介護。「病気になってからの母のほうが私は好きです」最相葉月さん(ノンフィクションライター)

2025.07.02

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つらくて不安なあなたに伝えたい「私の介護体験」第7回 『絶対音感』で有名になり、ノンフィクションライターとして多くの話題作を発表してきた最相葉月さん。20代で始まった母の介護は、途中9年に及ぶ父のがん闘病も重なり、30年続きました。重荷だった介護を母からの教育と捉え直したのは、信仰をテーマとする取材の最中だったといいます。前回の記事はこちら>>

捉え方が転換したとき、すごく楽になった「介護」という名の、母の教育

最相葉月さん(ノンフィクションライター)

最相葉月さん(ノンフィクションライター)

最相葉月(さいしょう・はづき)さん 1963年東京生まれの神戸育ち。関西学院大学法学部卒業。科学技術と人間の関係性、スポーツ、精神医療、信仰などをテーマに執筆活動を展開。97年『絶対音感』で小学館ノンフィクション大賞受賞。『星新一 ―一〇〇一話をつくった人―』(大佛次郎賞、講談社ノンフィクション賞ほか)、『セラピスト』『証し 日本のキリスト者』、エッセイ集『母の最終講義』、読売新聞連載「人生案内」の名回答をまとめた『辛口サイショーの人生案内』『辛口サイショーの人生案内DX』など著書多数。
撮影/平瀬 拓

20代で母の介護。そして父も。あきらめたアメリカ留学

母が脳出血で倒れて体の自由を奪われ、脳血管性認知症を発症したのは54歳のとき。20代の最相葉月さんの肩に、東京―神戸間の遠距離介護がのしかかりました。10年後、さらに大きな試練が──。

父に進行した舌がんと咽頭がんが見つかり、両親の介護を背負うことになったのです。『絶対音感』の受賞以来、最相さんの日常は多忙を極めていました。クローン技術や遺伝子操作技術の発達が大きな話題となっていた頃で、最相さんは科学技術と人間の関係性をテーマに取り組み、2001年に『青いバラ』を出版。科学の分野をより専門的に勉強する道が目の前に開けていたときでした。

「アメリカのサイエンス系大学院への留学の話が直前まで進んでいたのですが、さすがに無理と断念しました。親の介護なんてまだ先のはずなのに、30代で人生設計が崩れてしまいました」(最相さん)


介護の足跡 2010年、余命半年といわれた父が9年の闘病生活の末に亡くなりました。緩和ケアが今ほど普及していない時代です。最相さんは、声を失い苦痛を言葉で伝えられない父が安らかな最期を迎える方法を模索し続けていました。関連書籍を読み症例を調べ、主治医と何度も話し合いを重ね、病院側も真摯に対応してくれたといいます。「父は尊厳死の意思表示書を主治医に渡し、最期は鎮静剤の作用で静かに息を引き取りました。意思疎通がままならない状態での逝き方の、一つの選択肢を学びました」。

亡くなる2年前の2018年、施設で暮らす母と外出したときの一枚。この後、コロナ禍で面会もままならず、一緒に過ごすことのできた貴重なひとときだった。写真提供/最相葉月さん。

亡くなる2年前の2018年、施設で暮らす母と外出したときの一枚。この後、コロナ禍で面会もままならず、一緒に過ごすことのできた貴重なひとときだった。写真提供/最相葉月さん。

キリスト者への取材の中で生じた気持ちの転換

その後も母の症状は進み、妄想は激しくなる一方。最相さんが逮捕されたと思い込んで電話をかけてきたこともありました。

「“今、警察署にいるんでしょ!”と。テレビで連日報道していた事件を私の身に起きたことと勘違いしたようです。家庭でも施設でも認知症の人にテレビを長時間見せている場面は多く、母のように混乱が生じるケースも珍しくないはず。一つ提案があるのですが、脳科学者や介護の専門家とのコラボで、認知症患者向けに簡単なクイズや言葉遊びなど、脳の機能を保つための楽しい番組を開発してはいかがでしょう」。

やがて遠距離介護は限界を迎え、2017年、母は東京の施設に入居。最相さんは週2回ほど通いながら、24時間任せられる安心感のもと、全国のキリスト教信者を訪ね歩く取材を続けます(2023年『証し日本のキリスト者』として出版)。6年に及んだこの仕事が、最相さんに大きな転換をもたらすことになりました。

「キリスト者たちの主体は、常に神様です。何かよいことがあっても自分の努力ではなく神様に力をいただいたと考える。戦争や被爆、虐待などつらい出来事を抱える中で神と出会う体験をした彼らは、日々感謝とともに生きていました。そういう方々の話を聞き続ける中で、私の中で突然、転換が起こりました。私は介護のために夢をあきらめ、多くの時間と気力体力を費やしてきたけれど、母はこのような状況をもって私を教育してくれたのではないか。重荷でしかなかった介護を、得難い経験、自分にとっての強みと捉え直したのです。この瞬間に私はものすごく楽になりました」

母の最期も静かでした。まるで苦痛だけが先にこの世を去ったかのように、痛がらず苦しがらず亡くなっていったといいます。

「私もいずれ誰かに介護される日が確実にやってくる。そこから先をどう生きるか。真剣に考えるようになりましたが、──答えは出ないですね」。

『母の最終講義』(2024年 ミシマ社)。両親の介護と別れまでの出来事を軸に、取材で出会った人々や旅のことを収録したエッセイ集。

『母の最終講義』(2024年 ミシマ社)。両親の介護と別れまでの出来事を軸に、取材で出会った人々や旅のことを収録したエッセイ集。

取材・文/浅原須美

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