
40代から始める「大人の歯列矯正」(5) 最近よく聞くマウスピース矯正をはじめ、大人になってから歯列矯正をする人が増えています。美しい歯並びは笑顔に自信を与えるだけでなく、将来の健康を守ることにもつながります。本連載では、大人が歯列矯正を行うメリットや注意点、クリニック選びのポイントなどを歯科医師の福島一隆先生が詳しく解説します。>>連載一覧はこちら
歯列矯正でよく耳にするキーワード、「後戻り」。一度は整った歯並びが、しばらくたつと崩れてくる現象を指します。
「矯正をした人は全員、後戻りをすると思ってください」と福島先生は断言します。
人間の体には、本来“元に戻ろう”とする力が備わっています。加えて矯正装置を外した直後の歯は、周囲の骨や組織が不安定で、非常に動きやすい状態です。そのまま歯を固定せずに放置していると、元の状態に戻ろうとして動き、せっかくきれいになった歯並びが崩れてしまうことに。
一方で、リテーナーを“使いすぎる”ことで起きるトラブルもあるといいます。
「保定期間が終了したにもかかわらず5年間ずっとリテーナーを装着していたら、奥歯が噛み合わなくなったという方を見たことがあります。リテーナーは非常に薄い作りですが、それでも多少の厚みはあるもの。それを何年間も入れ続けたため、上下の歯の間にリテーナーの厚みぶんのすき間が開いてしまったというわけです」(福島先生)
こうした事例からわかることは、リテーナーは適切な使用が大切ということ。使わないのは問題ですが、使いすぎも歯並びに悪影響を与えるため、歯科医師の指示に従うことが大前提です。
「ですから保定期間中はもちろん、終了してからも定期チェックは必ず受けるようにしてください。クリニックに行って、ただ歯を見せるだけで終わると拍子抜けするかもしれませんが、『何も手を加えるところはない』といわれることは、とてもよいことなのです。この連載で何度もお伝えしているように歯は動くものなので、面倒くさがらずに定期的なチェックを受けて、正しい歯並びを維持してください」(福島先生)
歯並びが崩れる原因のなかに、歯ぎしりや食いしばりがあります。矯正治療で歯並びを整えても、食いしばりで歯に負荷をかけ続けると、再び歯並びが悪くなることは十分にあり得ます。
そのため、食いしばり防止の目的でボトックス注射を勧めるクリニックもありますが、福島先生はボトックスについて「あくまで個人的な意見ですが」と前置きしながら、「長期的な視点での是非がまだ判断できない段階では」と話します。
「エラにボトックスを打つと咬筋の緊張がゆるむので、一時的に食いしばりの力は減ります。ただ、同時に噛む力も低下するので硬いものが噛みにくくなるリスクがありますし、高頻度で打つことで薬に対する耐性がつく可能性もあります。もちろん正しく利用すれば安全性は高く有効性が認められますが、当院では食いしばりに対しては、やわらかいマウスピースで対処することが多いです」
ボトックスはあくまで対症療法ということを理解し、噛み合わせの調整やストレス管理などの根本的な対策もあわせて行うことが大切とも。いずれにせよ、ボトックス治療を検討する際は信頼のおけるクリニックで医師と相談のうえ、適切な用量や治療期間を守って行いましょう。
この連載では大人の歯列矯正について様々な角度から解説してきましたが、福島先生は「歯列矯正のゴールは人それぞれ」と話します。
「僕は、歯列矯正の役割は、ただ歯並びを整えることではないと考えています。いつまでも健康でいたい人は“正しく噛める”ことを目指して矯正をするかもしれないし、歯並びを気にしてうまく笑えなかった人は“自然に笑える人生”を望むかもしれない。歯が整った先に自分の目指す未来があって、そこに行き着く手段として矯正治療を検討するのがとよいと思います。皆さんの目標のお手伝いができることが、歯科医師にとってもエネルギーになります」
大人になってから“あえて”歯列矯正をするのであれば、目的意識をしっかりと持ち、納得のいく形で治療を完遂したいもの。この連載でお伝えしてきたように、治療方法からクリニック選び、費用、期間、治療後の保定まで、歯列矯正には知っておきたいポイントが数多くあります。ぜひ正しい知識を身につけ、ご自身に合った選択につなげてください。
※歯列矯正の治療方針や適応、治療期間などは、歯並びや噛み合わせの状態、医師・クリニックの考え方によって異なります。詳しくは受診先でご相談ください。
福島一隆先生

ふくしま・かずたか グランプロデンタルクリニック銀座院長。東京医科歯科大学歯学部卒業後、勤務医として経験を積んだのち、1998年に葛西駅前歯科、2013年に現クリニックを開院。臨床の傍ら、ハーバード大学やニューヨーク大学等で噛み合わせやインプラント治療に関する研鑽を積む。「顎機能と噛み合わせの調和」を治療理念に掲げ、 口腔機能の維持・改善から健康寿命の延伸やウェルエイジングの達成を目指す。
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