【今月の解説者】
大阪大学 名誉教授
澤 芳樹先生 
さわ・よしき 45年間、心臓血管外科医として精力的に活動し多くの患者の命を救う。2000年から心臓病の分野で再生医療の研究を開始し、08年より京都大学の山中伸弥教授とiPS細胞を使った共同研究に取り組む。13年から始まった再生医療国家プロジェクトにおいてiPS細胞由来心筋細胞シート開発に参加し、19年に医師主導治験の実施承認を受ける。目指すゴールは心臓病で死なない世界。
心臓移植や補助人工心臓に代わる新治療法として期待
心臓の弱った部分にシートを移植して心臓の拍動を助ける
2025年4月、澤 芳樹先生が開発責任者を務める大阪大学発ベンチャー企業「クオリプス」は、国にiPS細胞を使った心筋細胞シートの製造・販売を申請。承認されるとiPS細胞を活用した世界初の治療が実現します。「順調に審査が進めば来年の春には承認される見込みで、国内20か所ほどの医療機関で治療を開始できるよう準備を進めています」と澤先生は話します。
iPS細胞は、人間の皮膚や血液などの体細胞に少数の遺伝子を導入して作製される多能性幹細胞で、ほぼ無限に増殖し、さまざまな組織や臓器の細胞に分化する能力を持っています。澤先生は08年から京都大学の山中伸弥教授と共同研究を始め、iPS細胞を使った心筋細胞シートの開発に成功。大阪・関西万博でも展示され、培養液の中でピクピクと動く実物を間近で見た人もいるのではないでしょうか。
iPS細胞を活用した虚血性心筋症治療の過程

取材をもとに作成
「心筋細胞シートを作製するには、まずiPS細胞を培養して増やし、心筋細胞に成長させます。そして、数億個の心筋細胞から直径数センチ、厚さ0·1ミリの心筋細胞シートを作り出します。この心筋細胞シートを心臓の弱った部分に移植して心臓の拍動を助けるのです」(上参照)。
澤先生たちは、虚血性心筋症を対象に医師主導治験を行い、20年に初めて人体に移植しました。「治験に参加した8人の患者さんは、いずれも動悸や疲労感などの症状が軽くなり、半数以上は心機能の数値も改善しました。重い副作用はみられず、全員が社会復帰を果たしています」。
国内では毎年1~2万人が虚血性心筋症を発症し累積患者数は約10万人と推定。重症化すると心臓移植や補助人工心臓が必要になりますが、臓器提供が少ない日本で心臓移植は現実的に不可能です。「厳しい治療環境の中、従来の方法に代わる治療法として心筋細胞シート移植は待ち望まれています」。
澤先生たちは、世界中の虚血性心筋症の患者を救うべく、新会社を米国に設立し、スタンフォード大学との共同研究を開始。3~5年以内の治験の実現を目標にしています。 日本では、心臓病以外の疾患でもiPS細胞を使った臨床研究・治験が取り組まれています(下参照)。
ヒトiPS細胞を使用した
臨床研究・治験が行われている主な疾患
●滲出型加齢黄斑変性、網膜色素変性症、水疱性角膜症
●パーキンソン病、脊髄損傷、膝関節軟骨損傷
●虚血性心筋症、拡張型心筋症、虚血性心不全
●頭頸部がん、卵巣がん、子宮頸がん
●再生不良性貧血、血小板減少症、重症1型糖尿病 など
※国内で実施が承認されたヒトiPS細胞の臨床研究・治験情報は、国立医薬品食品衛生研究所HPから閲覧可能。
https://www.nihs.go.jp/cbtp/home/info.html
国立医薬品食品衛生研究所HPを参考に作成
また、各国でも開発競争にしのぎを削っています。山中教授がiPS細胞の作製に成功してから19年。ノーベル賞受賞以来、世界中の人が夢見てきたiPS細胞の臨床応用が目前に迫っています。
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