男性のほうが口腔状態が悪くなるリスクが高い
先に取り上げた、死亡につながるリスク因子の人口寄与割合で、男性では、現在の歯の本数が大きく影響しています。なかでも歯が一本もない男性は死亡リスクが高くなることがわかっています。
また、虫歯や歯周病などの問題があるが、歯科治療を受けていない割合は、女性は結婚の有無に関係しませんが、男性は結婚していない人では10パーセント近く高くなっています(2022年)。前述の令和5年国民健康・栄養調査の過去1年間に歯科検診を受けた人の割合は総じて男性のほうが低く、最も低いのが20代男性で、38.3パーセントです。
喫煙者は唾液量や口腔内の血流の減少などによって虫歯や歯周病のリスクが高まります。20~70歳以上の男性の喫煙率は25.6パーセントで、40代男性の喫煙率が33.4パーセントと最も高くなっています(令和5年国民健康・栄養調査)。また、相田先生の研究グループの研究で、受動喫煙がなかった人に比べ、ほぼ毎日受動喫煙していた人は歯をすべて失うリスクが1.35倍に上がることが明らかになりました(20年)。
パートナーや息子など男性の口腔ケア、歯科検診、禁煙に心を寄せるのも大切かもしれません。
若いときからの口腔ケアや歯科検診を大事にしたい
歯の喪失を防ぎ、健康や人との交流を保つためには、乳幼児期からの口腔ケアや定期的な歯科検診が大切です。
ところが、過去1年間に歯科検診を受けた割合は20〜70歳以上の平均が58・8パーセントであるのに対し、20代は44パーセント、30代は53・7パーセントと若年層で低いのです(令和5年国民健康・栄養調査)。
相田先生の研究グループが約27万5000人の労働者を分析した研究では、ストレスの強い労働者ほど歯の痛みや歯肉の腫れ・出血、嚙みにくさのいずれかを自覚する割合が高く(24年)、また、時間外労働が長いほど口腔状態が悪いことが示されています(23年)。「忙しい世代は口腔ケアへの意識が下がるのもやむを得ないのかもしれませんが、一方で、64歳以下の国民医療費のトップは歯科受診です。歯周病は30代から始まるといわれています。将来のためにも口腔ケアや歯科検診、早期治療を継続していただきたいですね」
虫歯予防にフッ素を上手に利用する
虫歯は歯を失う大きな原因です。「子どもの虫歯の80パーセント以上は歯ブラシが届かない奥歯の溝や歯と歯の間にできます。歯磨きは大切ですが、それだけでは予防できません」(相田先生)。また、加齢によって歯肉が下がり、表面に出てきた軟らかいセメント質が虫歯になる根面う蝕(しょく)は削ったり詰め物をしたりするのが難しい場合が多いのが特徴です。
虫歯予防の有力な方法がフッ素の利用です。フッ素は歯の表面のエナメル質からカルシウムやリン酸が溶け出すのを防ぎ、また溶け出したカルシウムやリン酸のエナメル質への再結晶化を促します。さらに細菌に酸を作らせにくくする作用もあります。「日本人は砂糖の摂取が少ない割に虫歯が多く、世界保健機関(WHO)と国際歯科連盟(FDI)はフッ素の使用が少ないのがその理由としています」。
小学校でフッ化物洗口を行っている地域では「中学進学時に虫歯が少ないまた、子どもの頃にフッ化物を使った年数が長いほど歯が残り、高齢になっても全身の健康状態が良かったというデータがあります」。
2023年に日本口腔衛生学会、日本小児歯科学会、日本歯科保存学会、日本老年歯科医学会が公表した「う蝕予防のためのフッ化物配合歯磨剤の推奨される利用方法(普及版)」では、歯が生え始めてから2歳まで、3~5歳、6歳から成人・高齢者の3区分で使うべき歯磨き剤のフッ化物の濃度や使い方が示されています(6歳から成人・高齢者は下表)。

そのとりまとめを担った相田先生は、「フッ素は幼少期に過剰摂取を長期間続けると歯に斑点が出ることがありますが、歯磨き剤を毎日使う程度では問題ありません。日本でも高濃度のフッ化物を配合した歯磨き剤が発売されたので、うまく使っていただきたいと思います」と話します。
なお、水道水への混入による人体への悪影響が懸念されている有機フッ素化合物(PFAS)と歯科で使われる無機フッ素化合物の違いについて、日本小児歯科学会 小児保健委員会がまとめています。
●日本口腔衛生学会・日本小児歯科学会・日本歯科保存学会・日本老年歯科医学会「う蝕予防のためのフッ化物配合歯磨剤の推奨される利用方法(普及版)」
●日本小児歯科学会小児保健委員会「PFASと歯科で使用する無機フッ素化合物について」