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旧暦10月、八百万の神々が出雲へ。出雲大社の「神在祭(かみありさい)」

旧暦10月、八百万の神々が参集する 出雲大社の「神在祭」 第1回(全3回) 旧暦10月の異称は「神無月」。全国の神々が出雲に集まり、各地の神様は不在になるということからの月名です。そしてこの月、諸国の神々は出雲において、大事な神議(かみはか)りをされるのだと古来、人々はいい伝えてきました。そのため出雲では旧暦10月を「神在月(かみありづき)」と呼び、神々を迎えるその期間、人々は神様の邪魔にならぬよう忌み慎み、畏敬の思いと感謝の心を新たにします。

旧暦10月、八百万(やおよろず)の神々が参集する出雲大社の「神在祭」
神迎神事が行われる稲佐の浜に陽が沈む。神々しいまでの夕景だ。この浜は『古事記』などに登場し、国譲り神話の場として知られる。浜を象徴する弁天島はかつて海上にあったが、今は砂浜とつながる。神々はこの島を目印として出雲をめざすといわれる。

稲佐の浜に神々をお迎えする
神迎神事(かみむかえしんじ)

旧暦10月、八百万(やおよろず)の神々が参集する出雲大社の「神在祭」
海に向かって設えられた斎場で神迎えの神事が執り行われる。ご神火が焚かれ、海に向けて張られた注連縄に2本の神籬が奉安され、ここに神々が宿られる。8000人前後とされる参列者は静まりかえって、この幽玄な神事を見守る。

空を幽遠に朱く染めていた陽が水平線に沈むと、辺りに闇が降り始めます。旧暦10月10日。夕刻近い頃から徐々に増え始めた人の数は稲佐の浜を埋め尽くすほどに膨れ上がり、その時を待っています。 浜辺の一角には注連縄が張り巡らされ、祭壇が設けられています。海側には薪が積まれ、やがてご神火が焚かれました。

神職が到着し、斎場の準備が始まります。入り口に高張提灯が掲げられ、祭壇が設えられ、傍らには神々のご神幸を先導する龍蛇神が三方に鎮まられました。そして八百万の神の依り代となる2本の大きな神籬(ひもろぎ。榊の大枝)が祭壇に奉安されます。いよいよ神々をお迎えする神事が執り行われようとしています。

午後7時、あらゆる灯りが消されました。月明かりの下、燃え盛るご神火が幽玄の趣を醸します。聞こえるのは薪のはぜる音と波の音ばかり。そこに笛と太鼓の音。今この時、神々が海上より到着されるのです。浜は張り詰めた空気に包まれます。神職によりお祓いがなされ、続いて祝詞が奏上されます。そして「お〜」という警蹕(けいひつ)の声とともに、八百万の神が神籬に移られました。

こうして神迎神事が終わると、神々が宿られた2本の神籬は大きな白絹で両側から覆われます。絹垣と呼ばれ、神々が人々からお隠れになるための絹布の帳(とばり)です。高張提灯が掲げられ、龍蛇神が先導となり、いよいよ出雲大社へのご神幸となります。

海上より到着される神々を神話の舞台の浜にお迎えする

旧暦10月、八百万(やおよろず)の神々が参集する出雲大社の「神在祭」
参列者は神事の前に白い神迎御幣をいただくことができる。神事ではこれを持って祈念する。

神々は絹垣の中、神迎の道をご神幸する
神迎祭(かみむかえさい)

旧暦10月、八百万(やおよろず)の神々が参集する出雲大社の「神在祭」
神迎の道を絹垣に囲われて神々が進まれる。道の両側にはご神幸を迎える人々が列をなし、一様に手を合わせて見送る。そして神職の列の後ろには、稲佐の浜からの参列者の行列も延々と続く。

絹垣に囲われた神々は稲佐の浜を後にし、龍蛇神に先導されて、大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)がお待ちになる出雲大社へと向かいます。絹垣が進むのは「神迎の道」と呼ばれる細い道です。両側に古い佇まいの家々が続き、その軒先を高張提灯を掲げ、絹垣は神楽の音とともに進みます。

道沿いのそこかしこには多くの人が立ち、神々のご神幸を迎えます。神様にはばかって声を出したり、音を立てるのはご法度というのが古くからのしきたりです。絹垣が近づくと静かに拝礼をして手を合わせ、神々を見送ります。 およそ8キロの神迎の道を進むと、そこは出雲大社の正門、勢溜(せいだまり)の大鳥居。ここから松の参道を経て、ご神幸の列は神楽殿へと向かいます。

神々を歓迎する神迎祭が神楽殿で執り行われる

旧暦10月、八百万(やおよろず)の神々が参集する出雲大社の「神在祭」
ライトアップされた境内に、大国主大神が鎮座される本殿が粛然と浮かび上がる。本殿を間近に望むとご神幸の列は左に折れて神楽殿へ進む。
旧暦10月、八百万(やおよろず)の神々が参集する出雲大社の「神在祭」
神迎祭が執り行われる神楽殿内は、多くの参列者で埋めつくされた。
神楽殿にはすでにかなりの数の参拝者が詰めています。

午後8時頃、神楽殿の照明の一切が消えました。笛の音、太鼓の音がかすかに聞こえます。ご神幸の列が近づいて来ているのがわかります。やがて入り口で絹垣が外されると、暗闇の中、「お〜、お〜」という警蹕の声とともに進んだ神籬は祭壇に鎮座されました。神秘的な数十秒。そして神職が揃って拍手を4回打つと、神楽殿に灯りが戻りました。

神楽殿での神迎祭は国造(こくそう)である千家尊祐(せんげたかまさ)宮司をはじめとする神職一同により厳粛に執り行われます。その後、神々は御旅社(おたびしゃ)である東西の十九社(じゅうくしゃ)に鎮まられます。
旧暦10月、八百万(やおよろず)の神々が参集する出雲大社の「神在祭」
神楽殿の祭壇に神々が宿られる神籬が祀られ、神饌も捧げられて、いよいよ神迎祭が始まる。

神迎の道をたどり出雲大社・神楽殿へ

出雲大社のある町は、その名も大社町。出雲大社とともにある町ですが、なかでも神在祭の期間中は祭一色になります。昔からこの期間は「お忌(い)みさん」と呼ばれ、神様の邪魔をしないようにと厳しい禁忌がいわれました。そのしきたりは今に受け継がれています。

古い佇まいの神迎の道は地元の人が大切に守る道

神迎えの神事が執り行われる稲佐の浜は天照大神(あまてらすおおみかみ)が大国主大神のもとに遣わされた使者が降り立った場所。この神話ゆかりの浜から神々の行列は出立し、往古と変わらず町家が並ぶ細い通りを進んで出雲大社へと向かいます。「神迎の道」と呼ばれる道筋です。 神迎の道は、ご神幸の際は暗くて辺りの様子を窺い知ることはできませんが、明るい時間に歩くと、懐かしい趣の家々が軒を連ねる昔ながらの町筋です。

家の軒先には潮汲み用の柄杓と同形の花入に入れられた季節の花が掛かり、そのゆかしさが行く人の心を和ませてくれます。

夜の境内に入り、森厳な趣に身が引き締まる

神迎の道を抜けて大社に至り、大鳥居をくぐると「下り参道」と称される長い松の参道が続きます。神々の絹垣は中央を、後に続く参拝の人々は神様の通られる正中(せいちゅう)を避けて両端を進み、第四の銅の鳥居へ。これをくぐると拝殿、さらに灯りに浮かぶ本殿を拝して大注連縄が掛かった神楽殿へと向かいます。

神迎の道は海岸通りの2基の大きな石灯籠が立つ向かい側から始まる。そのまま道なりにまっすぐ続き、出雲大社の正面に出る道の手前までをいう。この間の道の色は、他と見分けがつくように黄味を帯びた舗装となっている。ただし、稲佐の浜からの実際のご神幸は地図内の赤い点線のルートとなる。浜から神楽殿までの所要時間は約40分。なお、2020年は徒歩での遷御行列は行わない。

撮影/小林廉宜 取材・文/松田純子 イラスト地図製作/ワークスプレス 取材協力/島根県観光連盟 出雲観光協会

※本特集の取材撮影は2019年11月に行いました。2020年の出雲大社の神在祭は11月24日に神迎神事、神迎祭、25日から神在祭が執り行われますが、祭事は神職のみで行われ、一般の参列はできません。ただし境内での参拝は可能です。最新の情報は出雲大社のホームページ(http://www.izumooyashiro.or.jp/)でご確認ください。

『家庭画報』2020年10月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。

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