国内
2020/07/17
本当の豊かさ宿る「昭和遺産」 第3回(全14回) 世の中は、デジタル化、スピード化が急速に進み、私たちの暮らしはますます便利で快適なものになりました。しかし、はたして私たちは幸せを手にすることができたといえるのでしょうか。私たちの暮らしはどこかで、大切なものを置き忘れてしまっていないでしょうか。義理人情に厚く、おせっかいで、濃密な人間関係に支えられた昭和という時代。どこか不器用でアナログな“昭和”を見つめることで、合理性一辺倒ではない、暮らしの豊かさを再発見していきます。前回の記事はこちら>>
〔大分県豊後高田──昭和30年代の町並み〕ここは人工的なテーマパークではない。昭和30年代に国東半島一賑やかだった実際の商店街が、復活を遂げた「昭和の町」だ。写真は、昔も今も盛況なメインストリート「新町通り商店街」。
豊後高田の町を訪ねるのは2度目。およそ10数年前に紀行番組の仕事で立ち寄ったはずだが、そのときはあまりゆっくりと散策する時間はなかった。
地図を眺めてもらえばよくわかると思うが、ここは国東半島の根元の周防灘の入り江に出来あがった港町で、西に在する宇佐神宮の門前町の性格も兼ねていたのだろう。京都と同名の桂川の沿岸に、「昭和の町」の愛称をもつ古い町並みが続いている。
町の散歩の出発点は、「昭和ロマン蔵」という3棟の立派な蔵。一見、昔の学校の体育館を思わせる建物は、野村家という篤農家がかつて米蔵に使っていたというもので、いまは昭和テーマの博物館やレストランに利用されている。
〔昭和の暮らしを体感「昭和ロマン蔵」〕建物は大分きっての豪商といわれた野村財閥が昭和10年前後に建てた旧高田農業倉庫。商店、教室、民家から成る「昭和の夢町三丁目館」を中心に計4館で構成。写真は再現された昭和30年代の茶の間。
とくに菓子やマンガ、オモチャの展示は懐かしい。アトム、鉄人、ウルトラ怪獣……有名所もいいけれど、ケースの一角に幼稚園児の頃に薬屋でもらった「相撲手帳」という景品ノート(裏面に技の図解がある)を見つけて、思わず目が点になった。
ロマン蔵に隣接するバスターミナルの所は、かつて宇佐神宮へ行く軽便鉄道(大分交通宇佐参宮線)の駅だった。廃止されたのは昭和40年のことだが、いまもここから始まる商店通りは、「駅通り」と名づけられている。
角っこに古いタバコ屋があって、90歳のおばあちゃんがひとり店番をしていた。鉄道の思い出を尋ねると、いきなりこんなエピソードが語られた。
「50年くらい前に来たんだけど、突風が吹いて電車がひっくり返って、7人か8人乗ってた客がみんなで起こして走らせたんだよ」
まぁ多少尾ヒレがついた話なのかもしれないが、いかにも田舎の軽便鉄道らしいのどかな光景が浮かび上がる。駅通りがT字に突き当たった所から始まる新町通りは、この「昭和の町」のいわばメインストリート。
昭和55年から価格が変わらない「大寅屋食堂」。
魚屋、菓子屋、薬屋、履物屋、昔ながらの個人商店の合い間に往年の洋館づくりの銀行(最盛期には6軒あったという)がシャレた色をつけている。
この道をオート三輪が走る昭和30年代の夏の夜の写真があるのだが、店舗の顔ぶれがほとんど変わっていないのがすごい。同じ道をボンネットバスで走ってもらうことになった。ボロボロの廃車をていねいにリストアしたという、いすゞBX141型のバス、僕が本当に幼い頃まで、このタイプの都バスを見掛けた憶えがある。
運転手は若い頃にボンネット型の運転経験があるというベテラン、そしてバスガイド歴のある陽気な女性が車掌役を務める。「発車オーライ!次は新町2丁目、アイスキャンデーの森川豊国堂前~~」。
アイスキャンデーが懐かしい「森川豊国堂」
運転手も車掌さんも、通りを歩く人も、ともかく皆楽しそうなのがいい。当初、あまり作りこんだ“昭和レトロの町”というのは苦手だったのだが、この町からは俗なコマーシャリズムを超越した、住人の素直な熱気が伝わってくる。
いや住人だけではない。町を散歩しているとツバメが実に多い。スーッと空から降りてきて、店屋の軒下へ入っていく光景を何度も見た。これは演出してできるものではない。
●昭和ロマン蔵
営業時間:9時~17時
入館料:全館共通入館料850円
施設の詳しい案内はこちら>>
●豊後高田市観光まちづくり
住所:大分県豊後高田市新町989-1
電話:0978(23)1860
(1)建築再生 2階が見える一枚看板にし、アルミサッシを木製に
(2)歴史再生 代々伝わる道具を「一店一宝」として展示
(3)商品再生 その店ならではの「一店一品」を販売
(4)商人再生 対面販売
以上の定義を満たす“昭和の店”が、総延長550メートルの商店街に38軒建ち並ぶ。
●三戸(さんのへ)(青森)
戸(へ)のつく町の中では、古い城下町の風情が残る。
●青梅(東京)
昭和調映画看板を飾った旧青梅街道。
●富士吉田(山梨)
富士急行・月江寺駅周辺の商店街。
●葉山(神奈川)
森戸周辺の昔ながらの海岸通りと古い別荘。
●伊根(京都)
昭和初期築の舟屋群。
●大阪通天閣(大阪)
ジャンジャン横丁付近のディープな商店街。
●神戸元町(兵庫)
クラシックなコンクリートビルの景観。
●大崎下島(広島)
御手洗(みたらい)の素朴な港町。
●八幡浜・川之石(愛媛)
古い生糸工場や学校が残る知る人ぞ知る穴場。
●門司港(福岡)
門司港駅と周辺の町並み。
02 創建当時の姿に復原! 往年の赤レンガ造りの佇まいを受け継ぐ「東京駅丸の内駅舎」
03 まるで昭和にタイムスリップ! “懐かしの昭和”が盛りだくさんの町、豊後高田(大分県)
04 懐かしいあの頃に戻って! 東京・雑司が谷に現存する昭和レトロな駄菓子屋さん
05 今見直したい、日本の“涼の知恵”。「住まいの衣替え」という発想で夏を乗り切る
06 懐かしいあの頃に思いを馳せて。今も昔も楽しい、子供の草花遊び
07 花火で夕涼み、縁台に集う。昭和の「団欒のよりしろ」に今、学ぶべきこと
08 「“何もないけれど、どうぞ”といえるのが嬉しかった時代です」江上栄子さん(料理研究家)
09 夏といえば、なんといってもかき氷! 天然氷にこだわる老舗「阿左美冷蔵」
10 懐かしいあの味、家族で行った洋食屋――文・平松洋子(エッセイスト)
11 昭和の愛すべきシンボル。日中友好の親善大使 、パンダのランラン・カンカン
12 銭湯の人情に支えられて――文・ヤマザキマリ(漫画家・随筆家)
13 金継ぎや手縫い雑巾に宿る“もったいない”の心――談・小山薫堂(放送作家)
撮影/齋藤幹朗
本誌が考える【昭和遺産】とは、昭和時代に生み出されたもの、もしくは昭和時代に広く一般に親しまれたもので、次世代へ継承したいモノ、コト、場所を指します。
『家庭画報』2020年8月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。
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