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作家・五木寛之さん特別寄稿「ふたたび桜の季節に」

2026.04.01

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〔特集〕次世代に伝え継ぎたい 桜絶景を求めて 日本が世界に誇るべき「美しい桜の風景」は、そのどれもがそれを守ろうとする人々の確かな意志によって支えられています。将来の日本人の美意識のために次世代に伝え継ぎたい桜絶景はどこか。長年、桜名所や桜を守る人々を取材してきた家庭画報本誌が、現在の手入れ・管理状況なども踏まえつつ、改めて桜の専門家とともに「新・桜100景」として厳選し紹介します。

特集「桜絶景を求めて」の記事一覧はこちら>>>

[特別寄稿]桜と日本人の心

富山県中央植物園の大原隆明さんが発見した、2026年発表予定の菊桜の新品種。花弁は130~210枚あり、濃いピンクの華麗な桜。日本には500以上の桜の品種がある。

ふたたび桜の季節に
── 五木寛之(作家)

桜ほどさまざまな表情をもつ花はないような気がする。

全山満開の豪奢な桜も息をのむ壮観だが、都会の街角に一本ぽつんと咲いている桜の風情もまた捨てがたい。


三日見ぬ間の桜かな、の一瞬の変化も鮮やかだし、風に舞う散りぎわの潔(いさぎよ)さに共感する気持ちもある。

むかし、どこかで教わったこんな句が、ずっと心に残っている。

春愁や 老医に患者のなき日あり(五十嵐播水)

たぶん診察室の窓からは、音もなく散っていく桜の花びらが目にうつっていたことだろう。

私たち日本人にとって、桜は単なる景観ではなかった。それぞれの時代に、それぞれの思いを托するミディアムでもあったと言っていい。戦争の時代には愛国の権威を反映した。

〽咲いた花なら 散るのは覚悟 みごと散りましょ 国のためと若い学徒兵たちは歌った。

今はむかし、大学受験の成否を知らせる電報の文章は「サクラサク」か「サクラチル」かのどちらかだった。

かつて、小学生が文字をおぼえるテキストには、時代を反映する言葉がのっていた。

「アカイ アカイ アサヒ アサヒ」とか、「ススメ ススメ ヘイタイ ススメ」とか、さまざまだったが、いちばん記憶に残っているのは、「サイタ サイタ サクラ ガ サイタ」というフレーズである。

桜は私たちの下意識の部分まで、深く根をおろしている花である。それは一つのシンボルとして私たち日本人の感情に訴えかける何かをもっている。

多くの文学者や、歌人、詩人たちが桜をテーマに多くの作品を生みだしてきたのは、そのせいだろう。

桜並木のトンネルの下で、放歌高吟する人々もいる。散った花びらを拾って文庫本のページにはさむ少女もいる。桜には人生の哀歓を反映するサムシングエルスがあるようだ。

私はかつて『百寺巡礼』という全国の百寺を巡る仕事を試みたことがあるが、たまたまその途上で有名な桜の名所を通過することがあった。これが浄土というものかと、息をのんだ記憶が残っている。

都会のアスファルト道路の割れ目に咲く野草も花、全山満開の桜も花、私たちはさまざまな思いを託して、今年も桜と向きあうのだ。

妙義山( 群馬県・下仁田町)
妙義山の南面山麓に位置する「群馬県立森林公園さくらの里」には、約45種、4000本もの桜が植えられ、奇岩と桜が楽しめる名所となっている。植栽は「公益財団法人日本花の会」の協力による。
●群馬県甘楽郡下仁田町大字上小坂1258 TEL:0274(82)2400(さくらの里管理事務所) 例年の見頃/4月中旬
写真/(c)HIDEKI NAWATE / SEBUN PHOTO / amanaimages

五木寛之(いつき・ひろゆき)
1932年福岡県生まれ。作家。早稲田大学ロシア文学科中退後、編集者などを経て『蒼ざめた馬を見よ』で直木賞受賞。最新作は、2026年2月に上梓した『大河の一滴 最終章』(幻冬舎)。

(次回に続く。この特集の記事一覧はこちらから>>

この記事の掲載号

『家庭画報』2026年04月号

家庭画報 2026年04月号

撮影/小林康宣

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