〔特集〕次世代に伝え継ぎたい 桜絶景を求めて 日本が世界に誇るべき「美しい桜の風景」は、そのどれもがそれを守ろうとする人々の確かな意志によって支えられています。将来の日本人の美意識のために次世代に伝え継ぎたい桜絶景はどこか。長年、桜名所や桜を守る人々を取材してきた家庭画報本誌が、現在の手入れ・管理状況なども踏まえつつ、改めて桜の専門家とともに「新・桜100景」として厳選し紹介します。
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日本画家が選ぶ
「モチーフ三大桜」── 平松礼二(日本画家)
春3月も終わりに近づくと日本各地から続々と桜の便りが届く。桜は日本画家が最も好むモチーフの一つである。花は美しく眩しさも感ずる。色彩の乏しい季節との別れを意味する。さあ花々よ我につづけとでも言っているようだ。
この頃になると私はスケッチの七つ道具をいくども点検する。クレパスや色鉛筆、筆洗、パレットエトセトラ。その中で忘れてはならないのが折りたたみの椅子だ。
桜を描くとき全体を描いたのち枝や胴回りの写生をする。そのときこの椅子を忘れたためアトリエに帰って悔しい思いをしたことが何度もある。地べたに座り込み、後悔したことも数多い。全体を懸命に描いたのはいいが胴回りや根を描き忘れてしまうのだ。
これは立ったままスケッチをしていると胴中や根っこを蔑ろにしていて、この花の生命、魂を描いていないのと同じになる。ここはしっかりとしゃがみこんで写生に生命を吹きこむために根や胴を精密に描くことで桜はより美しくなる。さて講釈が長くなってしまった。
画家が恋人のように待ち焦がれる桜をご紹介しよう。
一つ目は岐阜県根尾谷の「淡墨桜(うすずみざくら)」だ。
写真/森田敏隆
この桜は細い山道を走った先の谷間にある。樹齢1500年とも聞く大木だ。大木の先に可憐な花弁を無数につける。
そして根を見てみよう。巨大な固まりから枝が延び、まるで恐竜でも見ているような錯覚に陥るが、これこそ淡墨桜の長命の証明なのだ。これを描き忘れればこの桜の価値はない。
根尾谷淡墨桜(岐阜県・本巣市)
継体天皇お手植え伝説のある、樹齢1500余年を誇る一本桜で国指定天然記念物。樹高17.3メートル、幹周9.4メートルの大木の江戸彼岸。
「1983年に初めて見て、幹の大きさと肌合いの神秘性を感じた」(日本画家 中島千波)
「日本一の江戸彼岸の大木」(樹木医 和田博幸)。
●岐阜県本巣市根尾板所字上段995(淡墨公園)
TEL:0581(34)3988(本巣市観光協会)
例年の見頃/4月上旬~中旬
次は東へ歩く。福島の里に咲く「三春の滝桜」だ。
写真/森田敏隆
この桜を描きに行ったとき、野の丘にポツンと一本桜が虚勢を張っているような違和感を覚えたものだが、ゆるい傾斜に沿って花、幹、胴、根と描き進んでゆくと、だんだんこの桜のよさがわかってきた。
里山の御大将、堂々の一本桜なのだ。一度きりの写生では不満足で2回、3回と通ううち見物客が増えてきて桜の回りにロープが張られ、駐車場までできてきた。
この御大将からしばらく離れようと近くの農家で滝桜の子ども、苗を1本買って我が家の庭に植えた。月日が経って桜は高さ7、8メートルにも育ち、我が庭で御大将の一本桜を気取っている。
三春滝桜(福島県・三春町)
高さ13.5メートル、根回り11.3メートルの江戸彼岸系紅枝垂桜の巨木。
「推定樹齢1000年以上の国指定の天然記念物。枝に咲く花は滝の流れのよう。圧巻です」(樹木医 藤原隆之)
「三春滝桜を中心に地域が育ててきた点在する紅枝垂桜は秀逸」(樹木医 和田博幸)。
●福島県田村郡三春町大字滝字桜久保296
TEL:0247(62)3690(三春まちづくり公社)
例年の見頃/4月上旬~中旬
3つ目の桜は岩手県の「盛岡石割桜」である。
写真/秋AKI(ピクスタ)
な、なんでこうなっちゃうの? と、見る人は息をのみ、首をかしげる。大きな岩石の真ん中を大鉈でえいっ、やっと一刀両断したかの如く見事な割れ方の石の間から芽が育ち、巨木となった。ゆえに他で見られる一本桜と根っこが違う。逞しさがまず目を奪うのだ。
この強い巨石、巨根、巨枝の先に小さな淡い花弁がつく。画家は自然と思えないほどの魅力的な構成にのみこまれて必死に描くのだが、完成してみるとそれほどの絵画には仕上がらない。この桜がモチーフとして完成されてしまっているからかもしれない。
盛岡石割桜(岩手県・盛岡市)
周囲約21メートルの巨大な花崗岩の狭い割れ目から突き出た樹齢350~400年の江戸彼岸。幹周囲4.6メートル、高さ10.6メートル、枝の張りが18.8メートルの大木で、桜では日本最北端の国の天然記念物。
●岩手県盛岡市内丸9-1(盛岡地方裁判所敷地内)
TEL:019(604)3305(盛岡観光コンベンション協会)
例年の見頃/4月上旬~中旬
いろいろな角度から桜をモチーフとして見つめているが、日本美の大要素としての「遊び心」、「装飾性」、「アニミズム」エトセトラがいっぱい潜んでいる。
いま外国から観光客が大勢来られる。日本の四季の恵みの違いにようやく気づいたのではないだろうか。私たちは周囲に慣れすぎて一番素敵なもの、「季節の恵み」を忘れかかっている。もう一度ジャポニズムの原点をしっかり見つめ直してみたい。
平松礼二(ひらまつ・れいじ)日本画家。多摩美術大学教授、了德寺大学学長を歴任。ジヴェルニー印象派美術館やベルリン国立アジア美術館にて展覧会を開催。フランス政府芸術文化勲章シュヴァリエを受章。
(次回に続く。
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