〔特集〕次世代に伝え継ぎたい 桜絶景を求めて 日本が世界に誇るべき「美しい桜の風景」は、そのどれもがそれを守ろうとする人々の確かな意志によって支えられています。将来の日本人の美意識のために次世代に伝え継ぎたい桜絶景はどこか。長年、桜名所や桜を守る人々を取材してきた家庭画報本誌が、現在の手入れ・管理状況なども踏まえつつ、改めて桜の専門家とともに「新・桜100景」として厳選し紹介します。
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次世代へ──桜を繫ぐ人々
桜は日本の文化力 北陸で育まれる美の多様性
植物園や桜見本園は、古来から伝わる品種の宝庫であり、新品種の開発拠点です。約350品種の桜を保存し、染井吉野に代わる優良品種普及に励む結城農場・桜見本園、英国からの里帰り品種や欧州で開発された桜を育てる富山県中央植物園の2つの試みに注目し、次世代に伝え継ぐ形を考えます。
富山県中央植物園、春の風物詩雪の北アルプスと桜並木
富山県中央植物園の「花のプロムナード」は立山連峰と染井吉野の競演を堪能できる絶景スポット。桜並木が満開の時季に実施される夜間のライトアップも好評だ。同園には開花期の異なる桜の木が多数あり、例年3月下旬から4月下旬までの長期間お花見が楽しめる。
華麗なる新品種発掘!
富山県中央植物園が繫ぐ、“生きた文化遺産”
富山県中央植物園は神通川西岸の田園地帯に広がる日本海側最大の植物園。春には約140種類、520本の桜の木が次々に花を咲かせ、園内を彩ります。その一本一本を丁寧に解説しながら、「桜は生きた文化遺産です」と語るのは、同園の大原隆明さん。北陸の桜を中心に、国内外の桜の調査研究をしている「富山の桜博士」です。
屋外展示園の池越しに見る展示温室。県民憩いの場でもある植物園は東京ドーム5個分の広さ。
「もともと桜は色や形のバリエーションが豊かで、日本人はその多様性を楽しんでいました」という大原さんの説明によると、日本人と桜の関係が大きく変化したのは明治以降のこと。
日清、日露戦争の頃と第二次世界大戦後の2度、染井吉野がブームになり、膨大な数のクローンが各地に植えられたことで、桜の風景が一変したといいます。成長が早く見栄えがし、一斉に咲いて一斉に散る桜は、国全体が歩調を揃えて前へ前へと進んでいた時代に合っていたのでしょう。
そのため、現在日本で見られる桜は圧倒的に染井吉野が多く、お花見の対象も、花だけが密集して咲く染井吉野が主流です。しかし、江戸時代まで、お花見の主な対象は花と葉が同時に開く山桜。日本人は花と葉のコントラストを愛でていました。
菊桜の新品種
花と葉が同時に枝を賑わす桜は、染井吉野を見慣れた目には新鮮。大原さん曰く、「江戸時代以前の絵画や工芸品の桜は大抵葉つきで描かれています」。
「桜は大別すると、人の手を借りずに生育した『野生品種』と、人による選抜や交配で生まれた『栽培(園芸)品種』があり、その合計数は日本だけで500以上あります。僕の使命は、生きた文化遺産である桜を発掘、研究して増やし、次の世代へ繫げていくことです」
富山県中央植物園の大原隆明さんが発見した、2026年発表予定の菊桜の新品種。花弁は130~210枚あり、濃いピンクの華麗な桜。日本には500以上の桜の品種がある。
新品種の発掘は大原さんの大切な仕事の一つ。新品種というと、人間が新たに「開発」したものを連想しますが、その仕事は、存在を気づかれていない品種の「発掘」。県内外から園に寄せられる「桜の品種を調べてほしい」という依頼を受け、調査に行った先でしばしば出会うといいます。
研究の末、その桜がほかとは違うことを証明できたら、新品種として発表。その後、挿し木や接ぎ木、バイオ技術によって貴重な桜のクローンを作り、保全します。一般人の目には同じように見える桜をどう見分けるのか。鍵となるのは「安定した特徴」だといいます。
バイオ増殖中の「越(こし)の冬桜」の苗。「この品種は挿し木での増殖がほぼ無理で、接ぎ木も大変手間がかかるため、この手法で増やしています」と大原さん。
「色や花びらの枚数は年によって変わることもあるため、何年か観察を続けないと、『見分けるのに使える安定した特徴』かどうか判断がつきません。2025年11月に学会で発表した菊桜の新品種も、その木があるお宅に5年以上通って、ようやく新しい品種だという結論にいたりました。決め手となったのは、端的にいうと、色の濃さと、整った花形、菊咲きには珍しい開花時期の早さです。北陸には人知れず眠っている桜がまだまだたくさんありますよ」
花びらのフリルが幾重にもなった新品種は色が濃く、華やか。花の直径は3.5センチ前後で、1輪の花弁は130~210枚(100枚以上が菊桜の条件)。

新品種の桜の木は、富山市内にある個人宅の庭で大きく枝を広げて立っている。通りすがりの人から品種を尋ねられた家人が、花のついた枝を1本持参して富山県中央植物園に相談。調査がスタートした。長年の経験から、花を見た瞬間に「新品種かも」と思ったという大原さんの直感は見事的中。
「国際栽培植物命名規約」によると、新品種に関する論文が印刷物になった時点で、初めて正式に新品種といえるのだそう。「夏までには論文を書き上げて、年内には発表する予定です」と声を弾ませた大原さん。華麗な桜にふさわしい名前を目下考案中です。
富山の桜博士大原隆明さん(おおはら・たかあき)1968年愛知県生まれ。東京都立大学理学部修士課程修了。1995年より富山県中央植物園に勤務し、現在は同園企画情報課長補佐。桜の調査研究、保全や増殖のため、国内外で精力的に活動。日本櫻学会理事、富山県生物学会理事、日本植物園協会ナショナルコレクション委員なども務める。著書に『サクラハンドブック』(文一総合出版)。
富山県中央植物園住所:富山市婦中町上轡田42
電話番号:076(466)4187
開園時間:9時~17時(11月~1月は〜16時30分。入園は閉園30分前まで)
休園日:木曜(祝日の場合は開園)
(次回へ続く。
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