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徳川家康の足跡を辿る歴史旅へ出発! 新作大河ドラマで話題の静岡県静岡市へ

NHK大河ドラマ『どうする家康』の放送を前に、徳川家康ゆかりの地である静岡県静岡市が今、注目を集めています。グランドオープンを控えた博物館や、新たな発見が続く駿府城、幼少の家康が過ごした寺社など、天下人・家康の足跡を辿る歴史旅へ出かけましょう。

戦国時代の遺構が間近に!
「静岡市歴史博物館」

“戦国の世を戦い抜いた徳川家康の生涯”をメインテーマに、家康を育てた戦国大名・今川氏の時代から明治期まで、この地域の歴史に触れることができる新スポット「静岡市歴史博物館」。

明るく開放的な館内でとりわけ目を引くのが、床が大きく開き地面があらわになったエリアです。実は、これは戦国時代末期の道と石垣の遺構。博物館建設の際の発掘調査で偶然発見され、そのまま館内に取り込む形で保全・展示されています。

家康が最初に駿府城を築いた頃に造られたものとされ、当時、道の両側には武家屋敷の石垣と塀が続いていたと考えられています。現在の静岡市街の下に眠る駿府の街並みを間近に体感できる、博物館を象徴する展示物です。

遺構をぐるりと回るように設けられたスロープを上ると、2階と3階が展示室になっており、家康が残した書状の実物や、県指定文化財「東海道図屏風」などの貴重な品を見ることができます。グランドオープン後は様々な企画展も予定されており、幼少期の家康が過ごした臨済寺や、徳川氏と縁の深い静岡浅間神社に関する展示などを計画中。カフェやショップもオープンし、市内の史跡や名所を巡る際の拠点としても活躍してくれそうです。

それでは、家康の歩んだ道のりを辿る、おすすめのスポットを訪ねていきましょう。

天下人の原点!
幼少期の家康が過ごした「臨済寺」

今川氏の全盛期・9代義元の時代、まだ竹千代と呼ばれていた幼少の家康は、19歳までの12年間を今川氏の人質として過ごしました。その際に出入りしていたのが臨済寺であり、住職の太原雪斎(たいげんせっさい)から様々な教育を受けたといわれています。その中には兵法なども含まれ、この人質時代はのちに天下人となる家康にとって非常に重要な期間でした。

現在も修行道場である臨済寺。一般公開されるのは、今川義元の命日である5月19日と、家康が信奉した守り本尊「摩利支天(まりしてん)像」の祈祷が行われる10月15日の年に2回のみ。家康が学んだ部屋や寺が所蔵する文化財、安土桃山時代に作庭された庭園などを見ることができる貴重な機会です。

徳川氏ゆかりの「静岡浅間神社」は
全国有数のパワースポット!

静岡市を見渡す賤機山(しずはたやま)の麓に鎮座する「静岡浅間神社(しずおかせんげんじんじゃ)」。家康が14歳の時、成人の儀式である元服式を行った神社であり、以降徳川氏の厚い尊崇を受けました。

国指定重要文化財である大拝殿(おおはいでん)。高さ21mと全国最大規模の木造神社建築としても有名。拝殿自体が富士山を表現しているといわれ、建物の彫刻をよく見ると、上部には鳥や雲、天女等のモチーフが見てとれる。

1581年、三河・遠江の戦国大名となっていた家康は、「無事勝利できたならば後日必ず壮麗な社殿を再建する」という誓いを立てたうえで社殿を焼き払い、賤機山にあった武田氏の城を攻め落としました。その後、現在の規模の社殿を建造。火災による消失もありましたが、幕府によって莫大な費用と60年以上の歳月をかけて再建され、徳川将軍家が代々大切に守り続けました。

二社同殿の浅間神社(左)と神部神社(右)。信州諏訪に本拠を置いた立川一門による彫刻は、驚くほど立体的かつ緻密。

そんな「静岡浅間神社」は実は通称であり、神部(かんべ)神社・浅間(あさま)神社・大歳御祖(おおとしみおや)神社の三本社と4つの境内社を総称した呼び名です。

合祀されたものも含めると40社もの神社と56柱の神様を祀る日本屈指の総社であり、本殿を構える7社を巡れば、1度に7つの御朱印がいただける稀有なパワースポットでもあります。社殿群26棟が重要文化財に指定されており、「東海の日光」とも称される美しい彫刻や絵画、家康ゆかりの品々も見どころです。

さらに、2023年1月には境内に「どうする家康 静岡 大河ドラマ館」がオープン予定。ドラマの世界観を静岡市ならではの展示で楽しむことができる新たな名所が誕生します。

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