紫竹ガーデンに春来る 第6回(全7回) 北海道の人気庭園として名高い「紫竹ガーデン」。なかでも雪解け直後からの「春の庭」は圧巻。早春から爛漫の春へ続く花園のドラマを余すところなく、ご案内します。
前回の記事はこちら>> 創業者・紫竹昭葉さんから隈本和葉さんへ。母から娘へ受け継がれる「喜びの庭」
「ここはまるで、熊がお相撲をとったあとみたい」。「ここ」とは、雑草をとりすぎた場所。むき出しの土は乾燥するうえに、さらなる雑草繁茂の原因になるので厄介で、頃合いが難しいのです。でもこんなお茶目なひと言に、園芸さんたちからは、思わず笑みがこぼれます。早咲きのチューリップが咲き始めた2021年5月4日、紫竹ガーデン創業者である私の母、紫竹昭葉が94歳で天寿を全うしました。
隈本 毅さん・和葉さん紫竹ガーデンの準備の段階から昭葉さんと共に庭づくりに取り組んできた和葉さん(右)とご主人の毅さん。植物生理学などの専門書から知識を得るという学究肌の毅さんは、昭葉さんのことを「私の何倍も花の名前を知っていました」と、その博学ぶりを懐かしむ。会社員の妻だった母が、“野の草花が自由に咲く庭”を夢見て、日高山脈を見渡す約1万5000坪の土地を購入したのは63歳のときでした。造園や農業の経験などまるでない母が、一体なぜ、こんな広大な庭づくりを始めることになったのか――。
それは、その7年前に愛する夫(私の父)を心筋梗塞で突然亡くしたことと関係があります。父亡き後の数年間、母は泣き暮らすように日々を送っていました。その落胆ぶりは見ていても辛く、あるとき私は「お父さまは太陽のように明るいお母さまが好きだったのに、そんなに泣いていたら、あの世で悲しむんじゃない?」といいました。
その言葉にドキリとしたのでしょう。以来、母は何かを考え、やがて「これからの長い余生を花に包まれて暮らしたい」といい出したのです。突拍子のなさに最初は反対しましたが、そのまっすぐな思いに触れるうち、私の“長男気質”に火がついて母の思いを叶えるべく、庭園づくりを手伝うことになりました。それが今に至る第一歩です。
そして、ガーデンデザイナーの奥 峰子先生をはじめ、さまざまなかたのご協力を得て、土地購入から2年後の1992年、母が65歳のときに紫竹ガーデンをオープンすることができました。それからの道のりも決して平坦ではありませんでしたが、試行錯誤の末、無肥料、無農薬栽培を行い、大切な大地に負担をかけることのない自然な庭づくりを続けて、今年35年目を迎えます。
「自然な景色を目指しましょう」。早朝庭を巡り、一輪一輪の花に声をかけ、ご機嫌をうかがうのが習慣だった母。花の種が実っていたら、とってポケットへ。土がむき出しのところを見つけてはパラパラ。思わぬ場所に思わぬ花が顔を覗かせます。その間、母はお花がたくさんついた帽子をかぶり、花柄の洋服をまとって毎日花たちの世話を続け「紫竹のおばあちゃん」としてお客さまに慕われ、可愛がっていただきました。
大好きな花々と暮らす喜びを多くのかたがたと分かち合った、本当に幸せな人生だったと思います。そんな母が逝ってしまった今、ガーデンをどのように引き継いでいけばよいのか。正直なところ、答えはまだ出ていませんが、一ついえるのは、母が愛し、多くのかたに愛されてきたこの庭を、終わらせるわけにはいかない、ということです。
“チーム紫竹”の皆さんと共に前列右より大野さん、田中さん、棚村さん、林さん、三枝さん、萩原さん、後列右より赤堀さん、ご子息の妻・美紗さん、和葉さんと毅さん、ご子息の龍太郎さん、大石さん、佐藤さん。11月上旬から4月末の休園の間、私たちは来るべき開園に向けて準備をします。その第一歩は、その年の色彩計画を決めること。「ピンクと赤、黄と紫のチューリップを組み合わせたら、ますます華やかに見えるわ」と思うとき、イメージする景色の中には明るい色の服を着て立つ母がいます。
庭づくりに関する私たちの提案に、滅多に反対をすることなく「いいんじゃない」と、いつも背中を押してくれました。そんな母の姿を心に置いて、たくさんのかたに「来てよかった」といっていただけるよう、これからも紫竹ガーデンを紡いでいきたいと思います。
「お水が欲しかったら自分で根を伸ばしてね」。花苗を植えたり種子をまくとき、必ず優しく語りかけていた母。その言葉を素直に聞いて、自分で大地の水をとる強さを身につけた植物たちは、これまで元気に育ってきました。下のフォトギャラリーから、詳しくご覧いただけます。 Information
紫竹ガーデン Shichiku Garden
北海道帯広市美栄町西4線107
- ※オープンは4月16日、クローズは11月上旬。開園の詳細はホームページでご確認ください。
撮影/大泉省吾 取材・文/冨部志保子 協力/紫竹ガーデン
『家庭画報』2022年3月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。