〔特集〕ユネスコが認めた、グラース・香水づくりの伝統技術 シャネル N°5、時を超えて愛される香り シャネル N°5──その誕生はあまりに革命的であり、100年以上を経た今もなお永遠のモダニティを湛えています。時を超えて愛される秘密はどこにあるのでしょう。秘密を解く鍵は、南フランスのグラースにありました。キーワードは“花からボトルまで”。香水づくりにおける伝統のサヴォアフェール(匠の技)が、ユネスコの無形文化遺産に登録された香りの聖地で、名香を生み出す人々のたゆまぬ努力と情熱に出会います。
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“シャネルの香り”の秘密──花畑

「私たちは花を育てています。生きたものを扱っているのですから、私たちの仕事は本質的にとても繊細なんです」
―ジョゼフ ミュル (グラース農園オーナー)
毎年9月頃、ジャスミンが花を咲かせると一帯が濃厚な香りに包まれる。細心の注意を払って手摘みする花摘み人たちの出番。
かつて革手袋の生産地であったグラースが、肥沃な土壌と気候を生かした花の耕作と香りの生産に転じたのが18世紀のこと。以来、調香師たちが厚い信頼を寄せる香りの聖地として発展を遂げてきました。
1921年、ガブリエル シャネルは「最高の素材を使ってほしい」という言葉とともに調香師エルネスト ボーに調香を委ねます。稀代の調香師が核に選んだのが“グラースのジャスミン”。ほかの何にも替えがたい香りをもつこの花は、しかし1980年代を迎えると生産の危機に陥ります。
N°5のパルファム30mlのボトルには、1000輪のジャスミンの花を必要とします。そこでシャネルは、グラースで最大規模の生産農家であるミュル家とパートナーシップを結び、ジャスミンの畑とクオリティを守ったのです。
現在ミュル家の農園では、シャネルのフレグランスのためにジャスミンをはじめローズ ドゥ メやアイリスなど5種の花々が、30ヘクタールに及ぶ畑で栽培されています。
夜になると、星のような形をした香り高い花を咲かせるジャスミン。その繊細さゆえに生育にも手間がかかる。
農園のオーナーであるジョゼフ ミュル氏。1987年、シャネルの英断に応えてパートナーシップを結んだ。近年の気候変動対策として地中に撒水システムを埋め込むなど、常に大地と向き合いながら花々を育む。
2か月間にわたるジャスミンの収穫に携わるのは、約60名の花摘み人。バスケットを片手に開いた花を摘み取る。
「最も美しい原料を使うこと」―ガブリエル シャネル
グラースのジャスミンが特別といわれる所以は、フレッシュで官能的、さらに他の成分に左右されない安定した香りにある。
(次回に続く。
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