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ただひたすらに読んでは書く。今注目の作家、乗代雄介さんが選ぶ「再読の書」

2021.02.09

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第9回 乗代雄介さん
〔後編〕

小説を書くということ~作家が語る、書くこと、読むこと SNSやブログを通じて、誰もが書くことができるこの時代、小説を書くとはどういうことなのか。小説家はどんなことを考えながら、小説を書き、読んでいるのか。作家の方々に、それぞれの小説作法を尋ねます。連載一覧はこちら>>
〔前編〕話題の作家 乗代雄介さんが考える“小説を書くこと”。孤高の視線がとらえるものとは?



ここを自分の城にするという気持ちでブログを開設して20年。書いたものを置いておくことができて、気に入らない文章はいつでも直せる自分のための練習の場として、乗代さんは今も、ブログで文章を書くだけでなく、書き直しもしているという。


読書ノート、講義録、日記、そして手紙など、乗代さんの小説では特定の誰かに向けて書かれるという設定が少なくないが、

「誰かに読ませたいとか、何かを世間に問いたいとか、書くことの動機はそうものではないと思っていて。書くことは基本、自分のためにやっていることなので、小説でも自分のために書いているという設定にしてしまうのかもしれません」と話す。

他の誰でもない自分のために書き続ける


大作家からもらった手紙を持っているらしい大叔父を、老人ホームへ送り届けてほしいと母親に頼まれた“私”。叔父とふたり、電車で移動中、目の前に現れた、作家の誕生日を次々に口にする怪しげな読書家の男との謎に満ちたやりとりから、書物に耽溺する人間を描いた『本物の読書家』。

親しかった叔母の死にショックを受け、一時は大学を休学した――そんな“私”に、卒業式に出ることを執拗に迫る両親のある企みと、叔母にもらって書き始めた日記を通して彼女との記憶が重層的に語られる『最高の任務』……と、あらすじを紹介しようとしても要約が難しい小説は、ストーリーよりも文章から立ち上がる気配や、その流れに委ねて、作品の核にあるものを感じるのが、ふさわしい読み方なのかもしれない。








驚きながらもくすくす笑って「ありがとう」と言うその人の前を、私もノートを手にちょっと頭を下げて通り過ぎ、大荷物で階段を下りる亜美の下に回った。
「リュックにアントラーズのキーホルダーついてたね」亜美は抱きかかえた荷物の脇から下を覗きこんで下りながら小声で言い、嬉しそうな表情を浮かべている。「サッカー好きなのかも」
あんなにばたばた動いてたくせに「よく気付いたな」と私は感心した。
「ずっとボール見てたし」足を止めて振り返り、階段に隠れて様子を窺おうとする。
「服もアントラーズの色だ」
「あんまり人をじろじろ見るなよ」
「鳥を見るのはいいのに、なんで人はだめなのさ」
もっともな意見に言葉が詰まる。亜美は得意げな顔をこちらに向けると、冬も葉を落とさないクスの梢がちょうどその人を隠している階上をまた振り仰いだ。


乗代雄介『旅する練習』より


――今回(最新刊『旅する練習』)の引用は、登場人物のいる場所とつながりがあったので、読み手も入りやすかったという気がします。

今までの小説は、入って行きづらいだろうという自覚はありました(笑)。今回は、自分が風景を描写している土地について、過去の人物が書いた文章を引用しているので、風景がより立体的に現れるのかも知れません。会話も多いし。

僕が出かけて風景描写をするのは、人が滅多に行かないような場所です。図書館に行くと、土地の記録を残すための仕事をしてきた方がいると知れますが、忘れられ、消えてゆくものはそれ以上にある。それが悔しくて、人知れない場所の記録をできるだけ残しておきたいという気持ちは強いです。

書くとき、読むとき、人は必ず一人になる


――本は不特定多数に向けたものだと、一般には思われていますが、日記、記録、手紙など、自分や特定の人に向けて書くという設定が多いのも、乗代さんの小説の特徴です。

今までの自分が、不特定多数の読者に向けて書くという状況を想定しづらかったことが関係していると思います。人がものを書くとき、それを世間に問うことが本当に動機になるのだろうかという疑問がずっとあるんです。これまで自分が何文字書いてきたかわかりませんが、そういう気持ちは書くことですり減るばかりです。読むとき、人は必ず一人だから、不特定多数宛に書くということは不思議なことです。ただ、一応、小説家になったので、書けば読者が読むという前提があり、以前とは異なる状況です。そのズレは、小説に変化を与えるものとして、おもしろく感じています。

自分の気持ちを損ねることなく(小説として)世に出すことができる方法を模索することも楽しい。今回は特に、語り手を自分にかなり近い小説家に設定したことで、書くという行為の実感を、より直接的に作品に反映することができました。大変でしたけど。



――具体的にはどんなことが大変だったのですか。

小説に入れる情報の量と質が、今までとは全然違うものでした。自分に近い語り手ということで、より厳密に、慎重に事に当たらないと、すぐに自分と離れてしまう。だから、自分が行った風景描写の練習を、日時もそのままに載せる形を選びました。とはいえ、その土地を良く知らなければ、それ以外の部分は書けませんから、何度も練習を繰り返すために出かけていって、文献を読むというくり返しでした。

一方で、同じ場所でするサッカーの練習もあり、この実感も小説に込められないかと、サッカー少女という人物が見えてきました。その見え始めから、本を読む子でないというのは決まっていましたね。
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