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【一柳富美子さん×沼野雄司さん】音楽学者が語り合う「チャイコフスキー再発見」

私たちの心に寄り添うチャイコフスキー 最終回(全9回) 2020年に生誕180周年を迎えたピョートル・イリイチ・チャイコフスキー(1840~1893年)。時に甘く、時に悲しく、深く、語りかけるその音楽は、子どもから大人まで聴く者の心をとらえて離しません。本特集では、彼が生前暮らした家や資料、チャイコフスキーに魅了されたかたがたの言葉から、チャイコフスキーの心の奥底、その音楽の真髄に迫ります。前回の記事はこちら>>

【一柳富美子さん×沼野雄司さん】
音楽学者が語り合う、チャイコフスキー再発見

「表現方法は西洋風に洗練されていますが、意識はロシアに向いていました」(一柳さん)
一柳富美子さん
一柳富美子(ひとつやなぎ・ふみこ)さん
音楽学者。東京外国語大学卒、東京藝術大学大学院修了。ロシア声楽指導・音楽レッスン通訳・翻訳の分野でも第一人者として活躍。レッスン通訳した音楽家はアシュケナージら200人以上、邦訳したロシア作品は大曲50歌曲を超える。ショスタコーヴィチ研究ほか、著書・論文多数。

「チャイコフスキーのとらえ方に近年変化が。最新研究も楽しみです」(沼野さん)
沼野雄司さん
沼野雄司(ぬまの・ゆうじ)さん
音楽学者、桐朋学園大学教授(音楽学)。著書に『リゲティ、ベリオ、ブーレーズ前衛の終焉と現代音楽のゆくえ』『ファンダメンタルな楽曲分析入門』など。20世紀前衛音楽の旗手を描いた『エドガー・ヴァレーズ:孤独な射手の肖像』(春秋社)で第29回吉田秀和賞を受賞。

事実1.第6番は《悲愴》ではなかった

沼野 チャイコフスキーは初心者向けの甘ったるい旋律ばかりといわれたりもしましたが、今ではむしろ重厚な音楽の作曲家と再認識されていると思います。一方で、まだ誤解も多い、たとえば「交響曲第6番」の《悲愴》という訳は誤訳だとか?

一柳 チャイコフスキーがつけたタイトルは、本来「感情、情感を込めて」「パトスに満ちた」のほうが適切です。ロシア人教授が「もっと気持ちを込めて!」という意味で使っていたのを聞き、あらゆる辞典を調べましたが、“悲しい”ではなく、もっと深い意味のようです。《悲愴》は英和翻訳者の誤訳だと思われます。

沼野 ただ、誤訳だとしても、悲哀に満ちた曲想や初演直後に亡くなったこともあり、いかにもぴったりのタイトルに思えてしまう。

一柳 チャイコフスキー自身が指揮をした初演では終楽章も比較的速いテンポで演奏されましたが、その直後に急死したため、再演時には彼を追悼するためにゆっくりしたテンポで演奏され、それが死者を悼む曲という伝統に結びついたことは確かです。ソ連時代にスターリンをはじめ、共産党要人の葬式で終楽章が演奏されたこともあります。

沼野 日本ではベートーヴェンの「悲愴」があるので、それとも結びついたのかもしれませんね。ところで当時西欧ではリストやブラームスによって超絶的なピアノ曲が書かれていましたが、チャイコフスキーには、なぜかピアノ協奏曲や「大ソナタ」くらいしか大曲がないですよね。

『新チャイコフスキー全集』
『新チャイコフスキー全集』。すべて「チャイコフスキー番号」に基づいてカテゴリ分類されている。「ピアノ協奏曲第1番」は初版・改訂版・ピアノ編曲版も含めて全4巻ある(開かれている楽譜は1889年改訂版印刷譜)。約2年に1巻、完結まで50年ほどかかる一大プロジェクトだ。

事実2.「ピアノ協奏曲第1番」冒頭は本来アルペジオ

一柳 それはピアノが得意でなかったことが大きいですね。たとえば「ピアノ協奏曲第1番」冒頭の和音連打は、初稿ではアルペジオだったのですが、2回の改訂を経てもこの部分は変えていません。今普及しているのは、ラフマニノフのいとこでピアノの師匠でもあったジロティが書き直したジロティ版なんです。ではなぜ元々アルペジオなのか? あの重厚な和音はプロでないと弾けないので、彼のアマチュアリズムが抜けなかったのでは? と推察しています。

沼野 なるほど。日本の音楽史の授業では、ロシア国民楽派の5人組(バラキレフ、ムソルグスキー、リムスキー=コルサコフ、ボロディン、キュイ)に対して、チャイコフスキーは西洋派ということになっていますが、そう考えてよいですか?

一柳 いえ、チャイコフスキーもやり方が西洋風に洗練されているだけで、実はロシア派なんです。ロシアでは、1860年代にサンクトペテルブルク、モスクワに音楽院が創設されるまでは西洋音楽、主にオペラ一辺倒でした。1870年代からロシア人によるロシア音楽が演奏・上演されるようになりますが、そのタイミングでチャイコフスキーが現れ、天才的なオーケストレーションの交響曲を書き、本格的なバレエ音楽を開拓しました。

実はソ連時代、「ロシアは人民のために音楽を書いた」という思想を民衆に刷り込むために音楽史が書き換えられ、グリンカをロシア音楽の父とし、5人組が続くという流れが作られました。旧チャイコフスキー全集でもロシア帝国国歌を引用した「スラブ行進曲」「序曲1812年」はグリンカの合唱曲に置き換えられたり、神の信仰が禁じられていたため宗教曲の巻は削除、オペラの中で「神様」は他の言葉に差し替え、さらに書簡集で同性愛を示す部分は黒塗りにするなど偶像化もなされました。

「交響曲第6番」の自筆譜ファクシミリ
日本ではおそらく唯一、一柳さん所有の「交響曲第6番」の自筆譜ファクシミリ。「終楽章はアダージオか、アンダンテか」が議論されてきたが、書き換えは他者によるもので本来は「アンダンテ」と判明している。この曲は「最新研究が反映されたロシア人指揮者の演奏がおすすめです」。

事実3.ロシアで刊行が始まった新全集に注目

沼野 1917年のロシア革命を経て、国家が全体を統制しようとした時、音楽史も書き直されたわけですね。

一柳 はい。でも現在は新全集の刊行が行われており、批判校訂作業も厳密に行われています。2006年に全作品をカテゴリ分類したカタログが刊行され、それに基づいて2014年から未完オペラの断片、合唱曲、宗教曲、「ピアノ協奏曲第1番」、「ヴァイオリン協奏曲」が刊行されました。「ピアノ協奏曲第1番」にしても、「チャイコフスキーの手によるものでないもの(ジロティ版)は新全集には入れない」と徹底しています。

沼野 ふーむ。最新の研究成果を反映した新全集の出版と並行して、ロシア国内でもチャイコフスキーに対するとらえ方が変化しているのですね。

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