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固定観念を解き放つ、魂をふるわせる短編集『ホーム・ラン』

2020.11.24

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〔今月の本〕
『ホーム・ラン』スティーヴン・ミルハウザー 著、柴田元幸 訳

『ホーム・ラン』

スティーヴン・ミルハウザー 著、柴田元幸 訳/白水社

訪問販売の男から買った魔法の鏡磨きが、家主の男とその恋人にもたらした変化を描く「ミラクル・ポリッシュ」。野球の実況中継のスタイルで驚異的な本塁打の軌跡を辿る表題作......。多彩な8つの小説に、日本版のために著者自身による短編小説論を収録した最新短編集。


文/茂木健一郎(もぎ けんいちろう)

短編小説の醍醐味は、「一粒の砂に世界を見ること」にあると、著者のスティーヴン・ミルハウザーは言う。

『ホーム・ラン』は、訳者の柴田元幸の言葉を借りれば「ここではないどこかへの希求、その恍惚と挫折」を描いた、読むものの魂をふるわせる物語の集まりだ。

鏡を磨くことをきっかけとして起こる自己と他者の関係の変容を物語る「ミラクル・ポリッシュ」。近未来におけるディストピアを連想させる「アルカディア」。そして表題作の「ホーム・ラン」。

著者が描く世界は、多くの場合、奇想であって、だからこそ私たちが生きる「今、ここ」に肉薄する。

ピューリッツァー賞を受賞した『マーティン・ドレスラーの夢』や、映画『幻影師アイゼンハイム』の原作となった短編が含まれる『バーナム博物館』など、ミルハウザーの作品は幻想、魅惑、そしてどこか底知れない「めまい」の感覚を通して、人間の実存に迫ってきた。

あり得ないことを描いているようでいて、確かに私たちの心の中の硬質な存在にカチリと当たっている。そんなミルハウザーの短編は、読むことの愉楽を与えてくれる。

「この眼鏡ケースは私の母なのだ、母が小さくなって新しい形を帯びたのだという奇妙な感覚に襲われた」(「息子たちと母たち」)。

「そこらじゅうの屋根の上で、子供のころ見たテレビアンテナのように小屋が乱立していった。まるで私たちの町の家々が、もはや私たちの欲望を収容するには大きさが足りぬかのようだった」(「Elsewhere」)。

これらの作品には、きっと、世界のすべてが潜在的に含まれている。ただ一つ存在しないのは、人間はこうでなければならないという「固定観念」だけだ。

頁をめくるたびに思わぬ展開に魅惑され、読み終わったときに精神がのびやかになる。ミルハウザーが示す「短編の自由」は、そのまま私たちのいのちの伸びしろでもある。

ミルハウザーの日本への紹介をほとんど独力で手掛けてきた柴田元幸。訳者あとがきに、『ホーム・ラン』を訳している時間は「至福以外の何ものでもなかった」とあった。そのままそっくり、本書を読み終えた私の感想としたい。

茂木健一郎(もぎ けんいちろう)
脳科学者。意識の解明のため、クオリアをテーマに研究を行う。最新刊『クオリアと人工意識』ほか、『脳と仮想』『東京藝大物語』『脳とクオリア』など、著書は200冊を超える。


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取材・構成・文/塚田恭子

『家庭画報』2020年12月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。
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