• TOP
  • アート
  • 台湾語、日本語、中国語のはざまで。温 又柔さんが考える“ことばとともに生きること”

アート

台湾語、日本語、中国語のはざまで。温 又柔さんが考える“ことばとともに生きること”

2020.10.13

  • facebook
  • line
  • twitter

小説を書くということ~作家が語る、書くこと、読むこと 小説が読まれない、小説が売れない。そんな話を耳にする昨今。けれど、よい小説には日常とは別の時空を立ち上げ、それを読む人の心をとらえる“何か”があることは、いつの時代も変わらない事実。SNSやブログを通じて、誰もが書くことができるこの時代、小説を書くとはどういうことなのか。小説家はどんなことを考えながら、小説を書き、読んでいるのか。作家の方々に、それぞれの小説作法を尋ねます。連載一覧はこちら>>

第7回 温 又柔さん
〔前編〕



おんゆうじゅう●1980年台湾生まれ。3歳のときに両親とともに東京に移り住む。2009年「好去好来歌」ですばる文学賞佳作を受賞。2011年に同作を収録した『来福の家』を刊行。『台湾生まれ 日本語育ち』で日本エッセイスト・クラブ賞を受賞。著書に『真ん中の子どもたち』『空港時光』『「国語」から旅立って』など。2020年10月末には明石書店より木村友祐さんとの往復書簡集『私とあなたのあいだ――いま、この国で生きるということ』が刊行予定。





3歳のとき、家族とともに台湾から東京に移り住んだ温 又柔(おん・ゆうじゅう)さん。

台湾語混じりの中国語を話す両親のもとで育った温さんは“自分にとっての普通が、一歩、外に出ると普通じゃないことは、子どもの頃から気づいていました。その普通や当たり前って誰が決めたものなの?という気持ちはずっとあったけれど、ひとりで抗うのは難しかったし、小さい頃はそういう状況にもそこそこ馴染んでいたんです。でも、成長するにつれて、自分を抑えてまで外の普通に馴染もうとしていることを呑み込めなくなっていって。その頃から、小説を読むことや書くことで、自分が自分のままでいられる場所を探すようになりました”と、これまでを振り返る。

ことばを使うことは、生きること


ことばと自分の関係を考えることは、逃れられない永遠の課題だと話し、デビュー以来、日本語、台湾語、中国語という3つの母語のはざまで生きるひとを描いてきた温さんだが、初の長編小説『魯肉飯(ロバプン)のさえずり』では、母語の異なる母と娘が互いに抱く思いや葛藤に、より深く踏み込んでいる。

主人公の桃嘉(ももか)の、母親に対する思いはどのように変わっていったか。自身の感情とまっすぐ向き合うことで、心の声に従う勇気を取り戻す過程が描かれた小説は、彼女の成長の物語としても読むことができるだろう。

台湾をルーツとする祖母・母・娘の3世代、家族のつながり、日本と台湾の関係……まずはこうしたテーマが有機的につながった今回の作品の話から、温さんにうかがった。


温 又柔『魯肉飯のさえずり』(中央公論新社刊)


期待をこめて自分を見つめる義妹にむかって、よく知らないの、と桃嘉は正直に答えたのだが、観光地とかじゃなくて、と真純はかまわず続けた。

――地元のひとしか行かないようなところ、教えてよ、桃嘉ちゃん、子どものときよく行ったところとか。

真純に限らない。自分のことを半分、台湾人だと知った人たちから、台湾の穴場を教えてよと訊(き)かれることがこれまでもよくあった。けれども桃嘉は穴場どころか、台湾の名だたる観光地もほとんどおとずれたことがない。正直にそう伝えてがっかりされるたび、いつもうしろめたく感じた。

桃嘉の知る台湾はごく限られている。その中心を占めているのは、空港から車で小一時間ほどかかる台北(タイペイ)郊外にある町で、祖母が今もひとりで暮らす家だ。旧正月のたび、母方の親戚がその家に集った。

温 又柔『魯肉飯のさえずり』より


台湾語、日本語、中国語のはざまで。
それぞれの思いを抱える母と娘


――『魯肉飯のさえずり』は、複数のテーマが重なっていますが、今回、温さんはどんなことを考えながらこの小説を書き始めたのしょうか。

作家としてデビューして以来、私は台湾にルーツを持つ人間が日本で暮らすことで見えてきたこと、感じざるを得なかった疎外感やつまずきを、自分とほぼ等身大の視点で書いてきましたけど、今回は母親の視点に立ったとき、そういったものがどう見えるかということが念頭にありました。

――2005年から始まり、1993年、2006年と、時代と視点人物が移ることで、それぞれの立場や考えが明確になっています。

そうですね。娘の桃嘉は就職氷河期に大学時代を過ごし、母の雪穂は日本が好景気だった80年代に、台湾で仕事をしていた日本の男性と出会い、結婚しています。母と娘の関係とか、それぞれのアイデンティティについてというテーマを漠然と描くのではなく、具体的にどんな時代や社会の影響を受けながら彼女たちが生きているのか明らかにしておきたかったので、第一章の舞台は2000年代半ばだと明記しました。

――温さん自身、就職氷河期世代ですが、やはり就職は厳しかったのでしょうか。

私の学生時代は二極化していましたね。TOEICの点数が高いようなひとはひとつどころか、内定を複数もらっているのに、決まらないひとはずっと決まらない。苦戦を強いられているひとたちも、別に優秀じゃないわけではない。性格だってわるくない。皆、同じ教室で頑張ってきた仲間なのにその差はなんだろう、これはもう個人だけの問題ではないなという感じでした。

――うかがっていると、今に至る格差社会の萌芽のようなものを感じます。

そうなんです。だから桃嘉の夫の聖司のことは、彼女とは対照的に、就職氷河期になんなく大手企業に就職できた青年という設定にしたかったんです。たまたま家に財力があって、運もよく、都内に持ち家のある家庭に育てば、就職もしやすい。もちろん本人の能力もあるにしても、スタート地点の違いによって、聖司にとって世界は生きやすい場所であり、だから彼は自分の考えを何も疑わずにここまで来てしまっているという。


”正しいのは、あなたの尺度だけですか?”


――桃嘉は聖司と彼の家族の前で、すごく萎縮しています。

すぐ頭痛になるし、いいたいこともいえないし、自分にはその資格もないと思い込んでしまっている。なぜそんなふうに思ってしまうのか。桃嘉自身がそのことに気づいて、もっと自分を大切にしようと行動を起こし、変化してゆく、その過程を書きたかったんです。

社会的、経済的な価値観で見ると、どうしても何かを十全に持っている聖司や彼の家族が、桃嘉より上に見えてしまう。だけど上下っていったい何なのか。本来、人間は対等なはずなのに、たまたま、現在の尺度でよいとされる側にいるひとたちの声ばかりが、どんどん大きくなっている。桃嘉がそうであるように、今の社会でどうしてもうまくやれない不器用なひとたちを尊重できないこの社会の在り方を批評したい気持ちも、私のなかにありました。

――小説を読んでいて思い出したのが『82年生まれ、キム・ジヨン』です。

たしかに感覚として近いものがあるかもしれません。まったく本人にその自覚はないながら、聖司は自分が庇護すべき存在として、妻である桃嘉をみなします。そういう聖司に桃嘉が巻き込まれている感じを徹底的に書こうと思えたのは、『82年生まれ、キム・ジヨン』がブームとなり、明らかに男性優位であるこの社会の構造を暴こうという機運が生まれ、それに勇気づけられたという影響もあったのかもしれません。
  • facebook
  • line
  • twitter

12星座占い今日のわたし

全体ランキング&仕事、お金、愛情…
今日のあなたの運勢は?

2024 / 03 / 29

他の星座を見る

12星座占い今日のわたし

全体ランキング&仕事、お金、愛情…
今日のあなたの運勢は?

2024 / 03 / 29

他の星座を見る

Keyword

注目キーワード

Pick up

注目記事