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作家 柴崎友香さん特別インタビュー。時のなかで降り積もる土地の記憶を見つめ続けて

小説を書くということ~作家が語る、書くこと、読むこと 小説が読まれない、小説が売れない。そんな話を耳にする昨今。けれど、よい小説には日常とは別の時空を立ち上げ、それを読む人の心をとらえる“何か”があることは、いつの時代も変わらない事実。SNSやブログを通じて、誰もが書くことができるこの時代、小説を書くとはどういうことなのか。小説家はどんなことを考えながら、小説を書き、読んでいるのか。作家の方々に、それぞれの小説作法を尋ねます。連載一覧はこちら>>

第6回 柴崎友香さん
〔前編〕


しばさきともか●1973年大阪生まれ。文芸誌に発表した「レッド、イエロー、オレンジ、オレンジ、ブルー」を収録した『きょうのできごと』で2000年にデビュー。07年『その街の今は』で、芸術選奨文部科学大臣新人賞、織田作之助賞大賞、咲くやこの花賞を受賞。10年『寝ても覚めても』で野間文芸新人賞、14年『春の庭』で芥川賞を受賞。近著に『千の扉』『公園へ行かないか? 火曜日に』『待ち遠しい』など著書多数。


たまたま降りた駅に引っ越して、流れに任せて仕事や住む部屋を変え、25年後、最初に住んだアパートを見に行った男。街外れのショッピングモールの駐車場に建つ、周囲の店は入れ替わり立ち替わり、ショッピングモール自体がなくなった後も、その店だけはなぜか残っている中古品店……。

“ちょっと不思議な展開なのに、こういうことがあったと言われたら、そうかもしれないと納得できるような話が昔から好きで、自分でもそういう話を書きたいと思っていたんです”と話す柴崎友香さん。新作『百年と一日』は、ある場所に流れた時間が人やその地にもたらした変化、その連なりを描きながら、読者を作品世界へと誘う掌編物語集だ。

美しい装丁に使われている画は、日常の異界に遊ぶ画家と言われた長谷川潾二郎の「紙袋」。場所も、時代も限定されない、いつかのどこかの物語は、彼の画文集のタイトル「静かな奇譚」と見事に呼応し、それぞれが自分の関心や想像を重ねることができる自由を、そして余白の美を感じさせてくれる。


柴崎友香『百年と一日』(筑摩書房刊)

長い時間と短い時間を自在に行き来して。
時の流れから生まれたちょっと不思議な話

――今回の掌編物語集は、連載時の『はじめに聞いた話』というタイトルを、単行本化に当たって変更されていますね。

連載を始めるとき、昔話っぽいものや言い伝えのような話を書きたいと思っていたんです。不思議な展開なのに、こういうことがあると言われたら妙に納得してしまうような、ちょっと変わったことが起きる話が昔から好きで。そんな話を、時間が変化していくこと、長い時間と短い時間を自在に行き来するように書こうと思いました。一冊にまとめるに当たって、時間の流れのほうを伝える『百年と一日』というタイトルにしました。

百年って、人が体感できる長さの時間だと思うんです。千年というと遠すぎて把握できないけれど、百年だと祖父母やその前の世代、歴史でいえば明治、大正時代くらいで、自分との関係を想像することができます。それに対して一日は生活に根ざした、生きている時間の基本の単位で、その一日一日が積み重なって百年になるという……。

――それぞれの掌編につけられた、長いながいタイトルもユニークです。

連載時は、各話のタイトルも短くてシンプルなものでした。ただ、話もタイトルも短いと、まとまりがよすぎてしまう気がして。内容を言ってしまっているような(笑)長いタイトルですけど、でも、作品を読むと、また違った印象を持ってもらえるようです。タイトルと本編を続けて読むことで、小説のなかの時間の流れを体感してもらえればと思って、このようなタイトルにしてみました。

考え続けているのは
“時間”と“場所”

――この作品に限らず、時間と場所は、柴崎さんの小説にとって大きなウェイトを占めていると思うのですが。

振り返ると、時間と場所はずっと自分のテーマになっていますね。人は、ひとつの場所や時間にしか存在できず、ワープすることも、同時に2つの場所にいることもできないけれど、別の場所を思うことや感じることはできます。過去の人や出来事を身近に感じたり、未来はこうなればいいと思ったり、自分のことだけでなく遠くにいる誰かのことを、つい考えてしまったりするのが人間なのかなと。今、ここにしかいられない自分が、別の時間や別の場所にいる誰かの存在を感じること。それが、小説を通じて自分が考え、書いてきたことなんだなと、今回の本が1冊にまとまってみて、あらためて思いました。

民話を思わせるストーリーの源泉は?

――昔話や言い伝えのような話のアイディアは、どんなところから来ているのでしょう。

気になっている、印象に残っている風景や場所から想像することが多いですね。普段、散歩をしていても、家の特徴を見ながらこの家にどんな人が住んでいるか、よく想像しています。

わたしは15年前に東京に越してきたんですけど、少し前に、最初に住んだマンションを見に行ったんです。その建物は新築だったので今もあるけれど、隣の家は更地に、向かいにも違う建物が建っていました。そんなふうに日本は建物が次々変わるし、風景の変化がすごく早い。その一方で、古い建物や、昔の面影や気配が残っているところがそこかしこにある。古い写真にある建物が今も残っているのを見たりすると、一気に時間がつながって、その建物に暮らしていた誰かを身近に感じる、そんな瞬間があります。

――日本のバブル期や、その後の停滞感が伝わる作品もあって、こういう感じだったなあと思いながら読んでいました。

40代半ばを過ぎて、世の中の、特にこの2、30年ほどの移り変わりの激しさはすごく感じています。日本は戦後、復興して、高度経済成長を経て、バブルがあって、そこで心の豊かさを失って……みたいに、大きなわかりやすい話にされがちですけど、そういうふうにまとめられることに、やはり違和感があって。そうではなかった風景も覚えているし、大きな流れでは語られない、わかりやすくまとめてしまうとこぼれ落ちてしまう一人ひとりの人生もあったはずで。同時に、時代の変化は個々の人生にも関わるものなので、社会の変化と個人の人生、その関係も描ければと思っていました。

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