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祝・芥川賞受賞! 高山羽根子さんが小説にすくい上げる“ノイズ”とは?

2020.07.28

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小説を書くということ~作家が語る、書くこと、読むこと 小説が読まれない、小説が売れない。そんな話を耳にする昨今。けれど、よい小説には日常とは別の時空を立ち上げ、それを読む人の心をとらえる“何か”があることは、いつの時代も変わらない事実。SNSやブログを通じて、誰もが書くことができるこの時代、小説を書くとはどういうことなのか。小説家はどんなことを考えながら、小説を書き、読んでいるのか。作家の方々に、それぞれの小説作法を尋ねます。連載一覧はこちら>>

第5回 高山羽根子さん
〔前編〕



たかやまはねこ●1975年富山県生まれ。2010年『うどん キツネつきの』が第1回創元SF短編賞佳作に選ばれる。16年に『太陽の側の島』で第2回林芙美子文学賞大賞受賞。『首里の馬』で第163回芥川賞を受賞。著書に『オブジェクタム』『居た場所』『カム・ギャザー・ラウンド・ピープル』『如何様』、近刊は、池澤春菜さんとの共著『おかえり台湾 食べて、見て、知って、感じる 一歩ふみ込む二度目の旅案内』。





戦争の前と後でまるで変わってしまった男は、一体どうすり替わったのか。あるいはどうして別人のようになってしまったのか。謎を探りながら、本物か偽物かという問いそのものに潜む不確かさを突く『如何様』。唐突に始まるヘルメットについての考察から、おばあちゃんの白くてなめらかな質感の背中のこと、そして小学生の“私”を工事現場の裏手に引きずり込んだ「お腹なめおやじ」のヘルメットへと、過去の記憶が現在へと連なってゆく『カム・ギャザー・ラウンド・ピープル』。近作が立て続けに文学賞の候補に挙がるなど、気鋭の作家として注目を集め、3度目の候補となった最新刊『首里の馬』で、第163回芥川賞を受賞された高山羽根子さん。

「考えていること、日々のなかで気づいたことや頭をよぎった細部を書き留めて、それを有機的につなぐ、あるいは敢えて少しずらしてみる。現実ってノイズに溢れていて、でもそれは必要ないと削ってしまう人もいるけれど、私自身はなるべくノイズを拾いながら書きたいと思っています」と話す高山さん。

『首里の馬』では、世界の果てにいる人たちにオンライン通話でクイズを出題する仕事をしながら、在野の民俗学者・順さんの資料館を手伝う未名子を語り手に、資料の保存、アーカイブ化という行為を通じて、ノイズとされがちな情報/知識/知恵の蓄積に秘められた可能性が描かれてゆく。誰もがアクセスできるよう、知識をオープンにして共有し、交換することは希望につながると思っていますという高山さんに、受賞作からデビュー作へと遡りながら、小説をめぐる話をうかがった。



高山羽根子『首里の馬』(新潮社刊)


未名子(みなこ)は順(より)さんの家族ではない。そうして、資料館は未名子の職場でもなかった。ただ未名子は時間さえあれば一日中、途(みち)さんが車で迎えにきて順さんを乗せて帰るまで、この資料館で資料の整理を続けている。最初は順さんから大まかな内容を教わったりもしていたけれど、しばらく作業するうちにひとりで約束ごとを見つけていき、そこに細かな約束ごとを自分で追加しつつ現在までやってきた。

(中略)

未名子が資料館に出入りして順さんの手伝いをするようになったのは今から十年ほど前で、十代の半ば、まだ中学生のころだった。未名子の父親が、あまり人づきあいが得意でなく学校を休みがちだった未名子を連れて県内の別の場所からこの近くへ引っ越してきたとき、今よりまだずいぶん元気だった順さんは、もうすでに古ぼけたこの資料館で、いま未名子が現在やっているような作業をしていた。そうして、当時学校にも行かずにこの資料館のそばによるべなく立ち尽くしていた未名子に、館内に入ってもいいという許可をくれ、小さな人骨の欠片を見せ、掌に載せて触らせてくれたのだった。

高山羽根子『首里の馬』より


あらゆる知識や情報がアーカイブ化されたら……。
ひとつの妄想から立ち上がった物語


――高山さんの小説は、文章そのものやその展開、そして着眼点が魅力だと感じているのですが、今回の『首里の馬』はどんなところからスタートしたのでしょうか。

普段、考えていること、日々のなかで気づいたことや頭をよぎった細部を書き留めて、それを有機的につなぐ、あるいは敢えて少しずらしてみる。そんなふうに小説を書くことがあるのですが、今回は、現実は必要なものとそうでないものが、わかりやすく分けられているわけではないことを書きたいという気持ちがありました。

首里は、沖縄がかつて琉球王国だった時代の王府でお城もありますが、火災や爆撃で焼失してなくなっては、また町がつくられて……ということが繰り返されてきました。そしておそらく焼失の度に、必要なものとそうでないものに、情報も分けられていたと思うんです。でも現実って、いろいろなことがそうわかりやすく分けられてはいないし、時間を経て、それがいつか必要になることが絶対にないとはいい切れないですよね。だから“必要がない”とされてしまう情報も、データとして世界のどこかにアーカイブできないかなあという妄想があって……。

――普段からそういうことを考えているんですか。

そうですね。台風や地震や戦争、そして今回のコロナウイルスのようなことで世界が揺らぐと、経済的な、あるいは文化的な理由によって、保存の必要がないと判断されてしまうものがあります。でも、そういうものがデータとしてアーカイブされていたら、その知識は希望につながると思うんです。保存したところで無駄になるかもしれないんですけど、データが改ざんされる、シュレッダーにかけられるといった、今、起きていることも含めて、問題はそこに集約される気がして……。たとえ大きな失敗が起きても、記録が残っていれば、人間の知恵はきっとよい方向に転がっていくはずだと。楽天的過ぎるかもしれませんが、そういう気持ちでこの小説は書いていました。

――小説を読みながら現実とのつながりをいろいろ感じていたのですが、今の話をうかがって納得がいきました。

私はそんなに勉強してこなかったし、研究者でも何でもないですけど、知識への信頼や期待値が高いんです。たぶん順さんも未名子も、使命感はあるかもしれないけれど、善し悪しや正義ではなく、自分の欲望に沿って知識をためようとしている。私の書くものは全体的に不穏といえば不穏なんですけど(笑)、この小説に限らず、単純な好奇心から始めたことが、最終的に希望につながればという思いはあります。

――『如何様』や『太陽の側の島』では、戦争がモチーフになっていましたね。

(戦争について書くことに)はっきりとした理由があるわけではないんですけど……。ただ私が子どもの頃は、シベリアに抑留されて引き揚げてきたおじいちゃんや傷痍軍人の人とか、身近なところに戦争体験者がいました。もちろん私は当事者ではないけれど、自分と地続きにいる人が戦争を体験しているというその手触りを、知っている分だけでも残したい気持ちはあります。今、この空気のなかにも少し漂う当時の匂いを追いかけながら、地層の下にある記憶を残していくためにも、戦争のことを書くのは大事だと思っています。

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