アート・カルチャー・ホビー
2020/06/30
おうちで免疫アップ 人は心身がゆったりと落ち着き、楽しい気持ちになると、副交感神経の働きにより免疫力が高まるといわれています。心がときめく人のインタビュー、心がじんわりと温かくなる本と音楽など、家庭画報のナビゲーターがとっておきの情報を選んでくれました。前回の記事はこちら>>
©1988 Gaumont
ナビゲーター・文/小池昌代(詩人・作家)
グラン・ブルーとは壮大な青のこと。引きずり込まれるような深い海の青だ。観終わったあと、滑らかな海水をまとった魚のような気持ちになり、人間の言葉が、胸の奥に引っ込んだ。
モデルとされたのは、かつて素潜りで世界的な記録を達成したジャック・マイヨール。ヨガや東洋思想にも通じ、日本との縁も深く、死に方を含めた生き方そのものが、人々に峻烈な記憶を残したフリーダイバーだ。
映画では、彼の海に対する全人的な愛を、抽象的に溶かし込みながら、フィクション仕立てで独立した世界を創造している。
肺呼吸をしている人間にとって、潜るという行為は命の危険を伴う「限界」への挑戦だ。それはどこか、深い夢を見ることに似ている。海の中を垂直に降下していくダイバーは、自己の内を掘り進む思案者のように孤独だ。
映画の中のジャックは、人間というよりイルカに近い。そもそもイルカは肺呼吸をする哺乳類。私たちの仲間なのだ。
ジャックの周囲には、癖も俗っ気もたっぷり備えた、魅力的な人間が配されている。
映画『レオン』での怪演や、日本のCMでもお馴染みになったジャン・レノが、ジャックの幼馴染みエンゾを演じ、恋人役には愛らしいロザンナ・アークエット。初めて会った時、ジャックは彼女を、イルカに似ていると思った。
妊娠し、陸に上がり、そこで家族と共に暮らすことを願う女。しかしジャックの心は家にとどまらず、広大なグラン・ブルー、海の世界を常に目指す。
海と女とは、本来1つの自然だったはずだが、1人の男を巡って、綱引きのように引っ張り合う。けれどその彼女も、最後の場面では、「行って」と促し、夜の海へ沈んでいく彼を見送る。
亡くなったエンゾの体が、墓標のようにゆらゆらと、海中を漂うシーンがある。ジャックが彼を、彼の希望通りに海へ戻した。
私はあっと息を呑んだ。社会的な目に晒せば、それは極めて重い意味を持つ冒瀆行為にもなりえよう。だが、命は海から来た。そうして海へと帰っていく。戦慄と納得が静かに来た。
この現代を生き抜く私たちに、深い呼吸を促す映画だ。
小池昌代(こいけ まさよ)
詩人、作家。近著に詩集『赤牛と質量』や『幼年 水の町』『影を歩く』、小谷野 敦氏との対談集『この名作がわからない』。最新刊は文庫版『黒雲の下で卵をあたためる』。
DVD1800円 発売・販売元:KADOKAWA
素潜りの世界で伝説となったダイバー、ジャック・マイヨールとその友人でライバルのエンゾ・モリナリ。どちらがより長く、深海へと到達することができるのか。フリーダイビングにすべてを賭けたふたりの物語。
監督/リュック・ベッソン
音楽/エリック・セラ
出演/ロザンナ・アークエット、ジャン=マルク・バール、ジャン・レノ
©2001 USA FILMS,LLC.ALL RIGHTS RESERVED
カリフォルニアの義兄の理髪店で働くエドは、店に立ち寄った営業マンから新事業への投資をもちかけられる。そこから事態は思わぬ方へと向かい……2001年カンヌ国際映画祭監督賞受賞作。
監督・脚本/ジョエル・コーエン
出演/ビリー・ボブ・ソーントン、フランシス・マクドーマンド
DVD1800円 発売元:アスミック・エース 販売元:KADOKAWA
〔心がときめく人のインタビュー〕
・吉田鋼太郎さん。シェイクスピア劇は、僕の土台にあるもの
〔行った気になる美術展〕
・画家・神田日勝の没後50年回顧展へ。『なつぞら』舞台の十勝の地に、希望の窓を開く
〔心を解き放つ音楽〕
・郷 ひろみさん「僕の歌で、皆さんの気持ちが上がったら最高ですね」
・ピーター・バラカンさんが選んだ「心を解き放つ」音楽、おすすめ4枚
・清水ミチコさんが選んだ「心を解き放つ」音楽、おすすめ4枚
〔免疫力がアップする本〕・・・近日公開予定
〔世界を旅する映画〕
・小池昌代さんがナビゲート 映画『グラン・ブルー 完全版』
表示価格はすべて税抜きです。
取材・構成・文/塚田恭子
『家庭画報』2020年7月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。
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