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芥川賞作家 田中慎弥さんが語る最新作『地に這うものの記録』

2020.04.21

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小説を書くということ~作家が語る、書くこと、読むこと 小説が読まれない、小説が売れない。そんな話を耳にする昨今。けれど、よい小説には日常とは別の時空を立ち上げ、それを読む人の心をとらえる“何か”があることは、いつの時代も変わらない事実。SNSやブログを通じて、誰もが書くことができるこの時代、小説を書くとはどういうことなのか。小説家はどんなことを考えながら、小説を書き、読んでいるのか。作家の方々に、それぞれの小説作法を尋ねます。連載一覧はこちら>>

第4回 田中慎弥さん
〔前編〕


たなかしんや●1972年山口県生まれ。2005年『冷たい水の羊』で新潮新人賞受賞。2008年『蛹』で川端康成文学賞、『切れた鎖』で三島由紀夫賞、2012年『共喰い』で芥川賞、2019年『ひよこ太陽』で泉鏡花文学賞を受賞。近作に『宰相A』『美しい国への旅』、エッセイに『孤独論:逃げよ、生きよ』など。





「小説を書くとき、まず決めるのは長さという枠で、中身について考えるのはそれからです」と話す田中慎弥さん。

『宰相A』や泉鏡花文学賞を受賞した『ひよこ太陽』で、自身を連想させる作家を語り手とした田中さんだが、長編小説『地に這うものの記録』では、言葉を喋るネズミのポールを主人公に、ネズミと人間の和解をめぐるやりとりを、さまざまなエピソードを交えながら寓話的に描いている。

市議会議員やメディアの人間をたじろがせるほどの言語能力を持つポールが小説のなかで行う記者会見での彼らとのやりとり、そのくだりを読めば、当時、都知事への挑戦状などとも言われ、注目を集めた芥川賞受賞後の会見を思い出す人もいるかもしれない。

長編でもプロットは考えない、書きたいテーマや抜き差しならない何かがあるわけではないけれど、ここが自分の居場所とは思えない世界で生きていくために書かなきゃやっていられない……そんな話から、同時代の気になる作家まで、問いに対しては、いずれも主人公のポール同様、強い言葉が返ってきた。


田中慎弥『地に這うものの記録』(文藝春秋刊)


僕の名前はポール。せっかくパパがつけてくれたんだから他の名前で呼ばれるのなんてごめんだね。もっとごめんなのは仲間と一緒くたにネズミって呼ばれることだ。勿論誰が見たって正真正銘、混りっ気なしのクマネズミに間違いはないけれど、ネズミのくせに生意気だって? ポールって名前が? ネズミが名前を持っていることじたいが? でも僕と初めて喋ってくれた人間である浦田さんはそんなことは言わなかった。田中慎弥『地に這うものの記録』より


動物に喋らせたらどうだろうと、ずっと思っていた


――前作『ひよこ太陽』は田中さんを連想させる作家が主人公でしたが、『地に這うものの記録』は、ポールという名前のネズミが主人公です。

動物を人間の世界に放り込んだらどうだろう、動物に喋らせたらおもしろいんじゃないかと、ずっと思っていたんです。書くときはまず、長さという枠を決めて、それから中身を考えますが、人間と動物を対比するとか、特に風刺を考えたわけではなくて。

連載なので、とにかく毎月、書かなければならないので、今回は喋るネズミという点だけを決めて、書いていった感じです。

――『燃える家』のときも、まず1000枚という長さを決めたと話していましたね。

長くてもプロットは考えません。プロットを考えると、辻褄合わせになってしまって話が死んでいくし、自分が苦しくなってくるんです。先を決めて書くことができる人は才能があるのでしょうけれど、私はそれをやると動けなくなってしまうので、いつも通り、決めずに書いていきました。

――田中さんは以前から、テーマを決めて書くことはないと言っています。

いわゆるストーリーテラーではないし、長編で何かを構築していくことが、自分にはあまり向いていないのかもしれません。今回は突拍子もない設定でしたから、いろいろなことができるっちゃできるので、ある程度、話は膨らませていますけど。

ただ、バルザックやディケンズの小説みたいに人物が絡み合って、ストーリーがどんどん進んでいくとか――まあ19世紀の巨匠と比べてもしょうがないですけど(笑)――そういうことをやろうとしても自分にはできないということが、実感としてありました。

動物を通じて、人間の歴史や時間を超えたところを書く


――ポールと対照的に、人間とは喋りたくない蛹も登場しますが、田中さんの小説には動物がよく出てきます。

そうですね。別に環境問題とか気候変動のことを考えているわけじゃないけれど、人間よりも前から地球にいた、人間が滅びた後も、おそらく生きているであろう虫やネズミなどの動物を通じて、人間の歴史や時間を超えたところを書きたいと思っているのかもしれません。

――これだけネズミが喋ると、読む側もネズミのことをいろいろ考えさせられます。

なぜネズミにしたのか。人間に飼われているわけではないけれど、ネズミは人間に近いところにいて、人間とともに移動して世界中に広がっていった。人間はネズミのために生ゴミを出しているわけじゃないけれど、結果的にネズミはしたたかに人間のそばにいます。

害獣とされながらものうのうと生きていて、逆に人間を操っているかのようにも見える。もちろん私もネズミと接触したくはないけれど、上手いことやっているな、という感じはしますね。

檻のなかで生まれ、死んでいく動物はどんなことを考えているのかということも、少し考えましたけど、それはまた、別のかたちでやってみたい気もします。

――それは動物の側に立って、動物の気持ちで考えるということですか。

想像したのは映画『猿の惑星』の猿やディズニーのミッキーマウスなどです。人間を投影したり、対比するのではなく、フィクションやキャラクターとしての動物を書くことで、結果的に人間を描くことができれば、というのでしょうか。

――ポールは間違いなく、スーパーラットです。

ポールが完全に人間と敵対するという線もあったかもしれません。ただそうすると、(敵対する)人間となぜ一緒に行動するのか、なぜ人間の生活圏にいるのかという話になってしまう。ネズミと人間の対決にしてしっちゃかめっちゃかにすれば、エンターテインメントになるけれど、自分にはその技術がないので、そこに持って行くことはできません。

迷ったのは、このネズミを人間の世界で誰にたとえるかです。まず、人間をネズミにたとえた時点で必ず批判が出てくる。それでもネズミが選挙に出られるのに、なぜ外国人に参政権がないのかは書きましたけど。対立構造にすると、おのずと今ある格差社会につながっていく話ですが、今回の作品はそういう政治的なところまでは踏み込みませんでした。
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