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芥川賞作家 絲山秋子さんに聞く、小説との向き合い方と自選の書3冊

2020.03.10

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小説を書くということ~作家が語る、書くこと、読むこと SNSやブログを通じて、誰もが書くことができるこの時代、小説を書くとはどういうことなのか。小説家はどんなことを考えながら、小説を書き、読んでいるのか。作家の方々に、それぞれの小説作法を尋ねます。前回の記事(絲山秋子さん前編)はこちら>>

第2回 絲山秋子さん
〔後編〕


〔前編〕小説が投げてくる球を、自分は追いかけ続ける>>




2003年に文學界新人賞を受賞した『イッツ・オンリー・トーク』から、3期続けて芥川賞候補になった後、直木賞候補を経て、『沖で待つ』で芥川賞を受賞した絲山さん。『御社のチャラ男』はデビュー以来、コンスタントに作品を発表してきた絲山さんの、20冊目の小説作品となる。

これまでのインタビューでも、「活字になったら小説は読者のもの、小説家になろうと思っていたわけではなかった」と、絲山さんは口にしているけれど、小説を書くことと、日々どんなふうに向き合っているのだろう。




小説を書くことは、味噌やチーズを作ることと近い?!


――絲山さんはこれまでのインタビューでも、小説家になろうと思ったことはなかったと話していますが、何がご自身に小説を書かせているのでしょうか。

自分のことは、パソコンやスマホみたいな端末機器だと思っています。私はクラウドから受信したことを文字にしているだけで、自分が小説をつくっているわけではないんです。もちろん結果的に自分の色や癖は出ますけど、ラジオが電波を受信するように、長い時間かけてつくられた芸術とか大きな文化から、何かを受け取っている。

私にできるのはラジオの受信性能を上げるとか、きちんとメンテナンスをして壊れないようにするとか、そんな最低限のことです。自分の頭で考えたところで、大したものは出てきませんから。

――頭のなかでこねくりまわすよりも、受容できる状態に自分を置くことが重要ということでしょうか。

そうですね。器をこんなふうに(と、両手でお椀のかたちをつくって)持っていたら、雨が降ってきて水が溜まったとか。あと発酵なんかもそうですよね。無菌室で管理した材料ではなく、その場所にある常在菌が上手く作用することで、おいしい味噌やチーズができることに近いかもしれません。

それを上手くつかまえるために、書き出すまではダラダラしています。でも、締め切りまでずっとモヤモヤは持っているんですよ。たとえば月刊誌の連載だと、ひと月のうちにはそろそろやろうという波が来るので、今日はやぶさかではないぞ、というときに小説に手をつけます。掃除とか、苦手な家事と一緒ですね。

――『小松とうさちゃん』では、うさちゃんがネットゲームにはまっていましたね。

あの時期は、よくネットゲームをやっていました。
私の場合、いちばんいい状態で書くことに取りかからないと、完成しないんです。集中力はあるんですけど、夏休みの宿題などでも少しずつやるというのがどうも苦手で。料理もそうですけど、煮れば煮るほどおいしくなるわけでもなくて、ここだ、というときに強火にする、これ以上、強火にすると不味くなるから、今だ、火を消せというタイミングはあると思います。

転勤で培われた、それぞれの土地特有の感覚


――絲山さんの小説のなかでは、ひとがよく移動しますね。

私自身が、わりと移動しながら生きてきたからかもしれません。移動すると、過去の姿がはっきりする気がします。次の場所に行ってから気づいたり、わかったり。その場にいるときはデータを貯めているだけで、移動が終わった瞬間から読み込みが始まるのかもしれません。

――あと、どの作品も、土地や場所の描写が本当に見事です。

人間の心はいつも場所の影響を受けていると思います。たとえば同じひとでも、東京にいるときと、高崎にいるときでは、問題の解決の仕方が違います。もしも海外にいたら全然違う選択肢も見えてくるでしょう。結論から追っていくか、プロセスを重ねていくか、気合で勝負するか、お行儀が大事か。誰でもある程度、その土地が求めるものに合わせて暮らしているわけで、だから土地ってすごく大事だと思います。

東京に来ると、背景に山がないけれど、私たち(※絲山さんは群馬県高崎市在住)はいつもまわりに赤城山や榛名山、妙義山などの山がある。後ろは山が守ってくれるから、前の相手だけ見ていれば負けないぞ、とか(笑)。富山のひとなら、立山に守られているし、京都や甲府など盆地の考え方もあると思います。その部分を大切に見ていきたいと思っています。

――小説を書く以前から、土地に対してそういう感覚を持っていたのでしょうか。

それぞれの土地で、何が大事にされているか。スピードなのか、商習慣や価格なのか、人間関係なのか、転勤する度に考えていましたね。その場所に順応することで何とか仕事をしてこられたという思いはあります。私は大学を卒業するまで東京にいて、それなりの視野で物事を見ているつもりでいました。でも、まったく見えていなかった。愚かだったと思います。東京人の傲慢さも、福岡に住んで初めて気づいたんです。

――東京にいると、つい東京が中心だと考えがちです。

福岡の次の赴任地は名古屋でした。なじむのに少し時間がかかりましたが、そのうちに名古屋の人たちはものすごく考え方が合理的で、個人主義が発達していることを知りました。なんてスマートでクールでかっこいい人たちの住む街だろうと思いました。私はたまたま、東京から福岡に行って、そこから名古屋に行って、初めてそのことを知ったわけですけれど、地元のひとにとってはそれが当たり前の環境で、私たちはかっこいいとは思っていないのです。

――名古屋の印象が変わる話ですね。

関東から見た名古屋と、関西から見た名古屋でも、だいぶ違うでしょうし、絶対の視点なんてないんですね。毎日ひとに会う営業という仕事を通じてよい経験をさせてもらいました。価値観というか、ひとが大事にしているものって、気をつけていないとわからないものです。転勤によって気づいたことが、いろいろなひとを書くことにつながっていると思います。

世の中は説明できないことのほうが多い


――もうひとつ、絲山さんの小説では、いろいろなことが因果関係に寄らず、唐突に起きるという印象があります。

それは、私が世の中はそもそも理不尽なものだと思っているからかもしれません。因果関係だけでは作者の視点を越えられないというか、話が小さくなってしまう気がするんです。思いがけないこと、びっくりすることって日々いろいろ起きるけれど、理由や脈絡は説明できないことの方が多いと思います。

――今回の小説も、あるひとが自分の会社のことを話し始めて、そこから自然に話が流れているという感じです。

流れを大切にしないと、書きたいことはするりと抜けてしまう。流れに逆らって何か掴もうとして構え過ぎると、対象は逃げてしまいますから。釣りだって、そうですよね。釣るぞ、釣るぞと意気込むと、魚は逃げてしまいます。今日は何もしませんという雰囲気を出しつつ、餌や仕掛けを替えたり釣り場を移動したりして、魚に努力は悟られないようにする。小説の世界も、自然を相手にすることと、そう大きな違いはない気がします。

――毎年、絲山賞を発表していますが、本はどんなふうに読んでいるのでしょうか。

私の読書にはムラがあって、なかなか本が読めない時期もあるんですけど、最近は本屋さんに行くと、いい本、思いがけない本がよく見つかるので楽しいです。5冊くらい本を買って、帰り道にどれから読もうかなと考えるときが最高に幸せ。毎年、絲山賞をやっていますけど、2019年は特にたくさんいい本を読んだなと思えた年でした。
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