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音楽の力は本物の共感を生む。長谷川眞理子さん・仲道郁代さんの特別対談

これが「音楽の力」 第2回(最終回) 今、音楽教育や、リベラルアーツとしての音楽に対する関心が世界的に高まっています。音楽によって感性が研ぎ澄まされることで、一人一人の人生が、そしてやがては社会全体がもっと豊かに成熟していくのではないか─。「家庭画報」は、音楽が持つ力を今あらためて考えます。前回の記事はこちら>>

現代を生きる私たちに音楽は何をもたらしてくれるのでしょうか。そのキーワードは、音楽を通して生まれる「共感」にありました。

長谷川眞理子さん(人類学者)×仲道郁代さん(ピアニスト)

長谷川眞理子さんと仲道郁代さん
(左)仲道郁代さん (右)長谷川眞理子さん

複雑な物事を受け入れる、「本物の共感」という力

仲道 人が音楽を演奏するとき、または聴くとき、さまざまな方向にアンテナが立っていると思うんです。

たとえば私がショパンの曲を演奏するとき、本人はどのような思いで書いたのか、同時代の人々はそれをどう聴いたのか、現代の自分はどう感じて何を表現したいのか、お客さまはそれをどう受け止めるのか、などを考えます。

長谷川 なるほど。音楽と言語は似ていますね。言葉というシグナルが発せられたとき、発した人の心が何を欲しているか、それを受けた相手がどう推測するのか、それを読み解く隠れた心の交流が生まれます。

音楽も一緒で、ベートーヴェンの交響曲第五番の「ジャジャジャジャーン」という音符は公的なシグナルですが、彼の心に何かがあり、演奏者やそれを聴いた我々の心に何かが生まれるのだと思います。

長谷川眞理子さん
「音楽も言葉も、隠れた心の交流があるからこそ共感できるのです」─長谷川さん

仲道 確かに音楽にも、隠れた心の交流がありますね。

長谷川 先ほどおっしゃったように、作曲家がどんな思いでこの曲を書き、自分はそれをどう演奏し、聴いた人はどう感じるだろうかと考えることは、人間特有の「共感」のしかたといえます。共感には3つの段階があると私は考えています。

第一段階は「情動伝染」。ある人が何かを感じているのを、他者が見て自分も同じような気持ちになる共感です。実は以前アフリカに滞在していた頃、ベンベ族の、夜一緒に舟を漕ぐための歌を耳にしたのですが、そのメロディや和声に涙が出そうになりました。音楽は原初的な感情表現を残しており、情動伝染の力が強いのですね。

第二段階が「感情移入」。相手の感情に同調する共感です。

そして第三段階が「認知的共感」。自分と他人は違うと認識したうえで、もし相手の立場ならこう思うだろうと共感する段階です。認識レベルが多層的であり、最も高次で人間固有なもの。私はこれこそが「本物の共感」なのだと考えています。クラシック音楽はこの段階に至るものですね。

仲道 その複雑さゆえに「わからない」といわれることも多いですが、ベートーヴェンが「なぜ生きるのか、人間はどう生きるべきか」を音にしたとすれば、複雑になるのは自然なこと。でもそれを細やかに味わおうとしたときに「本物の共感」が生まれると思います。

それは一見難しいようだけど、ちょっとしたきっかけでふわりと扉が開いたりもするのではないかと思います。先生はバッハがお好きと伺っていますが、それはなぜですか?

長谷川 バッハはあらゆる解釈やアレンジが可能で、普遍的で深いものがあると思います。高校の頃から自然科学が好きなので、バッハの曲を聴くと多面体が見えてくるの(笑)。ショパンにも通じると思いますね。

仲道 バッハは多声部が絡み合っていたり(ポリフォニー)、フーガのような法則性もあったりして、音がパズルのように組み合わさっていく面白さを感じ取られたのですね。

私は特にシューマンに惹かれます。彼の曲には、美しいものへの憧れ、それが叶わないことへの悲しみと苦しみ、そしてその中に天から滴り落ちる雫のような美しさがあります。

高校のときにどれだけ泣いたことか! 言葉だけではなく、その先にある音だけの純粋な世界に自分を放り投げていかないと到達できない世界があると思います。

仲道郁代さん
「感性を研ぎ澄ますことで見えてくる世界がある。自分も他者もリスペクトし合える世の中になれば」─仲道さん

「いいね」は共感とは限らない。SNS時代にこそ音楽の力を

長谷川 現代は、SNSからの断片的情報にただ快・不快だけで「いいね」と反応する、原始的な情動伝染がグローバル化した状態。一人で沈思黙考することがなくなり、メタ認知や共感する力が衰えつつあるように感じます。技術の急速な発展が人間を根本的に変えてしまうと危惧もしています。

でも、クラシック音楽には人間の本質に訴えるものがある。だからこそ、時代が変わっても残されるのでしょうね。

仲道 そう思います。時代や国が変わっても「人が生まれたら死ぬ」ことは不変です。残っている作品は、その作曲家の存在そのもの。存在する意味や存在に対する不安、作曲家がそれぞれに持つ死生観。そうした普遍的テーマへの共感こそ、クラシック音楽が続いてきた本質だと思います。

長谷川 やがて死ぬから、人はいろいろなことに意味を見出そうとするわけですよね。いまはAI(人工知能)に人間の知能をダウンロードしてその人間を不死にするという試みもありますが、これはもってのほかです。生きている意味が問われる事態です。

仲道 失うことを知っているから、輝く意味がある。音楽には、あらゆる時代に生きた先人たちの輝きが詰まっています。私は、ピアノを通して作曲家と向き合うとき、それが自分と向き合う時間にもなっているんです。

長谷川 私もそれに似た体験をしました。イェール大学で教えていた時期、滞在していた神学部寮の隣からグレゴリオ聖歌が聞こえてきました。それで無性にピアノを弾きたくなって、毎週2時間スタジオを借りて練習して。大変癒やされた時間でしたね。

考えてみれば音楽を聴いたり弾いたりすることは、聴覚や視覚、身体の感覚すべてを一体化したマルチな行為ですね。

仲道 音は皮膚でも受け止めることができると思うんです。温かい、冷たい、柔らかいなどの感覚もあります。圧で感動するだけでなく、息をのんでpp(ピアニッシモ)を聴くなど、感性を研ぎ澄ますことで見えてくる世界はとても豊か。

これこそが本物の共感に通じると思います。もし、細やかに音を味わおうとする人が増えていけば、世の中がもっとよくなると信じています。

長谷川眞理子さん

長谷川眞理子(はせがわ・まりこ)さん
人類学者。東京大学理学部卒業。同大学院理学系研究科博士課程修了。専門は自然人類学、行動生態学。イェール大学人類学部客員准教授、早稲田大学教授等を経て、現在、総合研究大学院大学学長。野生のチンパンジーやヒツジ等を研究し、最近はヒトの進化、科学と社会の関係を研究課題に据えている。『世界は美しくて不思議に満ちている ―「共感」から考えるヒトの進化』(青土社)等著書多数。好きなクラシックの楽曲はバッハやショパンのピアノ曲。

仲道郁代さん

仲道郁代(なかみち・いくよ)さん
ピアニスト。古典派からロマン派まで幅広いレパートリーを持ち、国内外の主要オーケストラとの共演も数多く、CDも多数リリース。2018年よりベートーヴェン没後200周年に向けて『仲道郁代Road to 2027プロジェクト』を始動、「悲哀の力」「音楽の十字架」などテーマを掲げたリサイタルシリーズを展開中。また同年、クラシック音楽をより広く社会へ広げていくため「一般社団法人音楽がヒラク未来」を設立(詳しくは次ページ)。

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