アート・カルチャー・ホビー

十人十色の在宅死と向き合うドキュメント『人生をしまう時間(とき)』

〔今月のシネマ〕

『人生をしまう時間(とき)』

©NHK

ナビゲーター・文/平松洋子

誰にも必ず人生の終わりはやってくる。ではどんな最期を迎えたいかと問われたとき、自分の望みを明快に伝えられるだろうか。

ドキュメンタリー映画『人生をしまう時と間き』が描くのは、「在宅死」を選択したひとびとや家族のありのままの姿であり、終末期医療と向き合う医師や医療チームの姿である。

埼玉県新座市。ミニバンのハンドルを握って受け持ちの患者たちの家を往診するのは小堀鷗一郎医師、80歳。かつて東大病院の名外科医として活躍し、明治の文豪、森 鷗外の孫でもある。

訪問先では、家の事情、家族構成、患者本人の病状や個性……まったく違う。

ざっくばらんな会話を交わしつつ、それぞれの状況を的確に把握しながら見守る小堀医師の診察風景は、それそのものが在宅医療の可能性を示唆する貴重なドキュメントだ。

映像を追いながらひしひしと伝わってくるのは、ひとつとして同じ生はなく、ひとつとして同じ最期はないということ。

籠城するかのように自室に籠もる93歳の男性。高齢の夫婦ふたり暮らしで、寝たきりの妻を献身的に介護する夫。103歳の母親の介護に疲れを抱き始めた息子夫婦がいれば、末期の肺がんを患う父に尽くす目の不自由な娘もいる。

そのひとりずつの生のともしびに、下村幸子監督みずから回すカメラが静かに寄り添う。

本作のもとになったのは、2018年、大きな反響を呼んだNHK BS1スペシャル『在宅死“死に際の医療”200日の記録』での長期取材である。地域を奔走する医療活動を取材しながら、下村監督は少なからぬ死の現場に立ち会い、映画を観る者もまたおのおのの最期を見送ることになる。

ところが、本作のなかの死は、悲壮感や絶望とはどこか無縁だ。別れの悲しみはあっても、映像から伝わってくる感情がじんわりと温かいのは、なにも住み慣れた自宅での死だからではない。家族、医師、ケアマネージャー、訪問看護師たちとの交流のなかで迎える人生の終わりには、いのちを閉じてなお血が通っている。

ひとりでも多くのひとに観てほしい映画だ。たとえ在宅医療に関心がなくても、いまは介護や病気に距離があるとしても。

死を自分の身近に引き寄せて思いを巡らせることは、すなわち、いかに人生をまっとうするかについて考えることに等しいから。

平松洋子(ひらまつ ようこ)
エッセイスト。 講談社エッセイ賞を受賞した『野蛮な読書』や『洋子さんの本棚』など、近年は本についての作品を数多く発表。近著に『そばですよ(立ちそばの世界)』『日本のすごい味』など。

下村幸子監督インタビュー>>

『人生をしまう時間(とき)』

多死時代を前に、今、多くの人が関心を寄せる在宅死。人は人生をどうしまうことができるのか。患者や家族と向き合う在宅診療のベテラン医師・小堀鷗一郎氏と在宅医療チームに密着し、命の現場を記録したドキュメンタリー。

2019年 日本映画 110分
監督・撮影/下村幸子
プロデューサー/福島広明
出演/小堀鷗一郎、堀越洋一
URL:https://jinsei-toki.jp/
渋谷・シアター・イメージフォーラムにて公開中

取材・構成・文/塚田恭子

『家庭画報』2019年11月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。

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