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北極の地に見る、文化の多様性と生命の躍動感 映画『北の果ての小さな村で』

2019.07.09

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〔今月のシネマ〕

『北の果ての小さな村で』

(c)2018 Geko Films and France 3 Cinema

ナビゲーター・文/平松洋子


見渡す限り白一色のファーストシーン。雄大な雪原が目にまばゆい。人口80人の村チニツキラークで自給自足の生活を営むグリーンランド・イヌイットの暮らしのなかへ、カメラが入ってゆく。

北極圏にあるグリーンランドは、面積の8割以上が氷に覆われる世界一大きな島。かつて探検家、植村直己が滞在し、アラスカまでの北極圏1万2千キロを踏破した功績でも知られる。

植村の偉業を支えた犬ぞりは、現在にいたるまでイヌイットの生活を支える重要な移動手段だ。狩猟や採集、漁労によって生活を営む極寒の暮らし。

そこへある日、ひとりのデンマーク人の青年アンダースが現れる──。

異文化同士が軋轢を起こすシンプルな構造の物語として観ると、指の間から大事なものが抜け落ちる。

まず、映画に登場するすべての人物を、実在の本人が演じている。ドキュメンタリーとフィクションの領域を行き来するのはS・コラルデ監督独自の作風だが、そもそも制作のスタートからしてドラマ性を孕む。

コラルデ監督がグリーンランドに惹かれて旅をしたのは2015年、映画の舞台に選んだチニツキラーク村は、そのとき出会った村人の故郷だ。

撮影準備期間にデンマーク人の青年が村の学校に赴任すると知り、さっそく青年が住むデンマーク北部に向かうと、彼は七代続く農場の息子で父の期待を背負いながら将来に不安を抱えていた。つまり、チニツキラーク行きはリアルな人生の挑戦だった。

もちろん、彼は壁にぶち当たる。無断で学校を1週間休んだ少年の家を訪ねると、祖父の教えのもとで猟師になるのだからとにべもない。

村人たちは、自分のやり方を押しつける態度を察知し、アンダースは孤立してしまう。しかし、イヌイットの豊かな知恵に触れるうち、彼の心に変化が生まれる。

文化の多様性とは、お互いの価値を認め合うこと。この静かな声が、全編に流れている。

デンマークがグリーンランドに対しておこなってきた同化政策への疑義が、マイノリティへの視線をつうじてさりげなく描かれている点も見逃せない。

クジラ、アザラシ、犬たちがほとばしらせる生命の躍動感。オーロラの幻想美は、生者と死者を繫いでこの世界の成り立ちを示すかのようだ。

天衣無縫、おおらかな子供たちの表情がすばらしい。この骨太の映画は、グリーンランドは遠く離れているけれど、じつは私たちの日常と隣り合わせにあると教えてくれる。

 

平松洋子(ひらまつ ようこ)
エッセイスト。講談社エッセイ賞を受賞した『野蛮な読書』や『洋子さんの本棚』など、近年は本についての作品を数多く発表。近著に『そばですよ(立ちそばの世界)』『日本のすごい味』など。

『北の果ての小さな村で』

グリーンランド東部、人口80人の村にデンマーク語の教師として赴任したアンダース。住人の考えや習慣を理解できず、孤立していた彼は、狩猟で生きる生徒の祖父母とつきあうなかで、厳しい環境に応じた彼らの暮らしを学んでゆき......。極北の地の、雄大な自然も見どころの作品。

2017年 フランス映画 94分
監督・撮影・脚本/サミュエル・コラルデ
出演/アンダース・ヴィーデゴー、アサー・ボアセン、チニツキラーク村の人々
2019年7月より、シネスイッチ銀座ほか全国順次公開
URL:http://www.zaziefilms.com/kitanomura/
取材・構成・文/塚田恭子

『家庭画報』2019年8月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。
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