アート・カルチャー・ホビー

福岡伸一さんがナビゲート。映画『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』

〔今月のシネマ〕新たな公共、リアルな場を提供する図書館

『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』

(c)2017 EX LIBRIS Films LLC–All Rights Reserved

ナビゲーター・文/福岡伸一

私が子どもだった昭和の頃、インターネットも、iPhoneも、グーグルもなかった。何かを知りたいと思ったら、本で調べるしか方法がなく、私は近くの公立図書館に行くようになった。

最初は少年向きのSFや探偵小説が並んでいるコーナーしかわからなかったが、まもなく別館に大きな書庫があることを知り、そこには日本十進分類という方式によって大量の書物が整然と並んでいるのに驚かされた。

私の好きな虫の本は、自然科学の400番台、中でも480番に固まっていた。そんな奥地にはほとんど誰も行かないので、そこは私の秘密基地になった。

それだけではない。そこにたどり着くまでに薄暗い本棚の列をくぐり抜けていくと、知らない地名や人名があちこちから呼びかけてきた。

こうして私は知らず知らず、知識を得ることの喜びに気づいていった。机上で、あるいは手のひらの上で、あらゆる情報が一瞬にして得られる今日、ますます図書館の持つ役割が、市民によって求められている。

舞台は、ニューヨーク公共図書館。ミッドタウンのど真ん中に巨大な威容を誇る知の殿堂。二頭のライオン像が出迎えてくれる。これは忍耐と不屈の精神を象徴している。

東京とニューヨークを往復して研究している私もしばしばここに足を運ぶ。利己的遺伝子論で有名なリチャード・ドーキンスが、ホールに集まった人々に語りかける。

米国にはいまだに進化論を受け入れない人々がいるのだ。あるいは図書館の司書たちは、図書の返却延滞者に督促の電話をかける一方、資料の調べ方、先祖の系図のたどり方など、あらゆる相談に丁寧に応じてくれる。

ニューヨーク公共図書館は本館の他に80を超える分館から成り立っており、そのそれぞれで日々、英語が母国語でない人々のために無料の語学教室が開かれ、仕事の求人のセミナーが行われ、コンサートが開催される。

何年か前に私が本館のホールに行ったときには、出版社の記念パーティが行われていて、村上春樹からのメッセージが読み上げられた。

図書館は、ネットによってその時間軸をすっかり漂白されてしまったバラバラの知識をつなぎ直し、あるいはバーチャルなネットワークに中毒しがちな人々にリアルな集いの場をもたらし、文字通り、新しい公共を提供する場所となっている。この映画はそれをつぶさに教えてくれる。

さあ、私たちももう一度、身近な図書館に足を運んでみよう。そこには必ず発見があるはずだ。


福岡伸一(ふくおか しんいち)
生物学者。『生物と無生物のあいだ』『動的平衡』など著書多数。ブックマイスターを育てる福岡伸一の知恵の学校も開校中。近著に『ナチュラリスト 生命を愛でる人』など。

『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』

1911年に竣工した本館と4つの研究図書館、地域に密着した88の分館からなり、その規模、蔵書、コレクションの数などから、世界最大級の知の殿堂にして、ニューヨーク有数の観光スポットでもあるニューヨーク公共図書館。それぞれの館が持つ役割や図書館員の仕事から舞台裏まで、その全貌を映したドキュメンタリー。

2016年 アメリカ映画 205分
監督・録音・編集・製作/フレデリック・ワイズマン
2019年5月18日より、岩波ホールほか全国順次公開
公式URL:http://moviola.jp/nypl/

取材・構成・文/塚田恭子

「家庭画報」2019年6月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。

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