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歌人の再読の書。俵 万智さんが立ち返る、この3冊の本(後編)

2018.11.27

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ことばの世界――詩歌のほうへ 第5回 俵 万智さん(歌人)

「ことばの世界」 “作品は、まったく何もないところから生まれるものではなく、先行する文学作品の影響をさまざまなかたちで受けながら書かれるもの”とは、多くの書き手が口にすること。作家が立ち返る場所としての大切な本、繰り返し読んでしまう再読の書を挙げてもらいます。俵 万智さんの前回のインタビュー>>>


20代の『サラダ記念日』、30代の『チョコレート革命』、40代の『プーさんの鼻』、そして50代の『オレがマリオ』。これまで発表された歌集を読み返して感じるのは、その時代に俵さんがどう生きていたか、歌に如実に表れているということ。時代の空気、気配が鮮明に蘇るのは、歌がその時々、今という瞬間を切り取っているからだろう。

お子さんを出産後、東京から仙台へ、東日本大震災を機に沖縄の石垣島へ移り、そして牧水との縁から、現在、俵さんは宮崎に暮らしている。“私自身もそうでしたけど、東京に住んでいる多くの人はなんとなく、東京じゃなきゃと思っているんですよね。それが子どもの幼稚園のことを考えて、東京を離れてみたら、あれ、東京じゃなくても全然大丈夫だと。それで気に入ったところに住む癖がついてしまいました”と笑う。


 

優等生と呼ばれて長き年月をかっとばしたき一球がくる

弱りゆく都市の筋肉「セックスできれいになる!」という説もある

水蜜桃(すいみつ)の汁吸うごとく愛されて前世も我は女と思う

男ではなくて大人の返事する君にチョコレート革命起こす

(以上『チョコレート革命』)

 

バンザイの姿勢で眠りいる吾子よ そうだバンザイ生まれてバンザイ

とりかえしつかないことの第一歩 名付ければその名になるおまえ

乳はときに涙にも似て子の寝顔見れば奥よりつんと湧きくる

叱られて泣いてわめいてふんばってそれでも母に子はしがみつく

(以上『プーさんの鼻』)

 

子を連れて西へ西へと逃げてゆく愚かな母と言うならば言え

孟母にはあらねど我は三遷し西の果てなるこの島に住む

「オレが今マリオなんだよ」島に来て子はゲーム機に触れなくなりぬ

棺桶の中の息子を撫でやまず凄(すさ)まじきかな母というもの

(以上『オレがマリオ』)



――それぞれの歌集には、俵さんが時代の空気をどうとらえ、どう生きていたかが表れていますが、年を重ねるなかで歌のつくり方に変化はあったのでしょうか。

心の揺れを大事にして、そのとき立ち止まってことばを紡ぐというシンプルな歌のつくり方自体は、あまり変わっていないと思います。ただその年齢なりの人との関係や、自分自身の感じ方、子どもが生まれたり、石垣島に住んだりといった環境の変化は歌に表れていますよね。短歌のおもしろさは、感情を取っておけることなんです。歌をつくっていなければ、あっと思っても、そのまま思いっぱなしで通り過ぎてしまうことに対して、立ち止まる時間が生まれる。たとえば来週までに1首つくるという宿題を出されたら1週間、心の持ちようが違ってきます。店先で旬の野菜が変わったなとか……些細なことに気が留まるんです。そんなふうに何でもない日常を豊かに感じられるのは短歌のおかげだし、それこそが歌をつくることのよさだと私は思います。

――話は変わりますが、俵さんは、山田かまちさんが短歌に出合っていたらどうだったろうと、彼に成り代わって短歌を詠んでいますね。

彼はすごい人だと思ったんです。その魅力的なことばについて評論家のように語るのではなく、こんな素晴らしい詩を残した人のことばが定型に出合っていたら、どうだっただろうと。与謝野晶子の『みだれ髪』や『伊勢物語』『源氏物語』も訳していますけど、私は5・7・5・7・7の定型が好きだし、自分にとっていちばん表現しやすいので、このかたちを使って、自分が素敵だと思ったものへのオマージュを捧げています。

――定型の枠が、よいかたちで作用するのでしょうか。

もし何文字でもいいといわれたら、私は立ちすくんでしまいますね。5・7・5・7・7は窮屈な枠ではまったくないんです。31文字以内なら何ぼでも入れられる。定型は私にとって伸縮自在なもので、これがあるからこそ、思いやことばを捕まえられるというか。長年仲良くしているので、そんな感じになるのでしょう。

――選者として投稿歌を読んでいて、最近の傾向として感じることはありますか。

穂村 弘さんは恋の歌が減っているといっていましたけど、そんなことはないと思います。私のセンサーにかかりやすいということもあるかもしれないけれど、選をしている読売新聞の歌壇では上位3首にコメントを書くのですが、恋の歌が揃ってしまうことがあって。そういうとき、ツイッターで紹介すると反響が大きく、恋の歌は求められているなあと感じます。

――俵さんに自分の歌を読んでもらいたいと思う人は、やはり恋の歌を……。

それはあるかもしれませんね。



――ツイッターの話が出ましたが、電子空間という宇宙のような広さを持つ空間でのことばについて、どんなふうに感じていますか。

こんなに多くの人が他人に、それも不特定多数に読まれることを意識してことばを発している時代はないですよね。だらだら書いても読まれないので、短いことばで簡潔に書くことを意識することがトレーニングになっているのか、今は高校生や大学生も、すっと短歌に入ってきます。それはツイッターなどの下地があったからなのかなという気もします。

――たしかに今、短歌は盛り上がっている感じがします。

かたちがあると、入りやすいんです。詩は、これが詩なのか、どの辺で終わるのか、傍からはよくわからない部分があるけれど、歌はとりあえず5・7・5・7・7だったら短歌ですから。
ツイッターについていえば、受け手が可視化されるのはすごいことだなあと。「子を連れて西へ西へと逃げてゆく……」の歌は、すごく励まされたというお母さんの声もたくさんいただきましたけど、いくら何でも西へ行き過ぎだろうという批判もありました。今まで感想は読書カードや、たまにサイン会で声を聞くくらいでしたが、自分の歌が人の手から手へと生々しくわたっていくのが見えるのはすごいことだなと思います。

――これも牧水と俵さんに共通しますが、短歌は20代で新人賞を取る人もいるように、才能のある人は、若いうちから注目されますね。

たしかに俳句は新人賞といっても60代だったりしますから。やはり短歌は青春や恋愛と相性がよいのでしょう。
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