アート・カルチャー・ホビー

歌人の思考回路。俵 万智さん、“心が揺れるときに短歌が生まれる”のは本当ですか?(前編)

ことばの世界――詩歌のほうへ 第5回 俵 万智さん(歌人)

「ことばの世界」 ハードルが高い、入り口がつかめない……そんな印象を持たれがちな詩歌というジャンル。けれど、単純には割り切れない感情や思いをつかむ詩人、歌人のことばは、読者を遠くへと誘う力を秘めています。彼らは世界をどうとらえているのか。その作品と肉声を通じて、詩歌の魅力に迫ります。

第一歌集『サラダ記念日』が1987年のベストセラー第1位を記録したように、歌人・俵 万智さんの登場は、歌壇、文学界という枠を超えた、ひとつの社会現象だった。

失恋の歌でさえ、湿っぽさやくもりのない瑞々しい恋の歌が主だった『サラダ記念日』、青春期とは色合いの異なる恋愛の生々しさが、読み手をハッとさせた『チョコレート革命』、子どもの歌を多く収めた若山牧水賞受賞作の『プーさんの鼻』……。

“短歌は心が揺れるときに生まれるもの”と語り、心を奪われるものはその時々変わっても、つねに今、この瞬間の思いを三十一文字のことばで紡いでゆく――そんな俵さんの創作姿勢は、歌をつくり出した当初から変わっていない。

先頃刊行された『牧水の恋』は、旅と酒の歌人として知られる若山牧水の情熱的な恋愛に着目し、歌人の胸の裡に踏み込んだ評伝文学だ。

ご自身が記しているように、牧水と俵さんには共通点が少なくない。“短歌は思いを述べたい人に向いている気がします”と、俵さんはいうが、それは青春や恋愛と親和性の高い定型詩、短歌の魅力の本質を突いているのかもしれない。

 

白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ

空の青海のあおさのその間(あわい)サーフボードの君を見つめる

 

春の海のみどりうるみぬあめつちに君が髪の香満ちわたる見ゆ

潮風に君のにおいがふいに舞う 抱き寄せられて貝殻になる

 

ともすれば君口無しになりたまふ海な眺めそ海にとられむ

「冬の海さわってくるね」と歩きだす君の視線をもてあます浜

 

やうやうに恋ひうみそめしそのころにとりわけ接吻(きす)をよくかはしける

議論せし二時間をキスでしめくくる卑怯者なり君も私も

(各・上:若山牧水・作、下:俵 万智さん)

――『牧水の恋』では、牧水から受けた影響をご自身で振り返っていますね。

高校時代に初めて読んだときからいいなと思っていましたけど、いつの間にか自分の歌が有形無形の影響を受けていたことに、今更ながら気づいたという感じですね。意識して真似たわけではありませんが、今になって自分の若い頃の作品と牧水の作品を比べると、わーずいぶん、栄養をもらっていたな、と。

――“自分にも、口を塞がれても歌が溢れてくるときがあった”という一文を読んで、なるほどそういうものなのかと思いました。

短歌は基本、心が揺れるときに生まれるもので、じゃあどういうときに心が揺れるかというと、やはり恋なんです。恋をしていると、道端に咲いている小さな花のような些細なものにも敏感になります。恋は歌人に歌を詠ませてくれるもので、それは牧水も、私も同じだなと思いますね。あと、5・7・5・7・7という定型と相性がよいという体質も、似ているかもしれません。

――俳句でも、散文でもなく、短歌が合う体質だと。

俳句と短歌は似て非なるものというか、俳句は季語という柱をいかに生かすか、そこにどれだけ委ねられるかが大きいけれど、短歌の場合、季語はなくても構いません。そしてプラス7・7という思いを述べられるスペースがある。思いの最たるものは恋で、俳句では恋の句はどちらかといえばマイナーですけど、勅撰集でも四季の歌と同じ重みで相聞歌というジャンルがあるように、短歌にとって恋の歌は王道中の王道なんです。


左から、『牧水の恋』、『プーさんの鼻』(文藝春秋)。

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