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金剛龍謹さんが語る、新作能『沖宮』に託されたもの。能だからこそできる表現とは

能の世界へ導く「金剛流の魅力」 最終回(全3回) 京都に拠点を置く金剛流の若宗家である金剛龍謹(こんごう・たつのり)さんを家庭画報本誌が初めて取材させていただいたのは2005年のこと。まだ17歳だった少年は、今では2人の息子を育てる父親である。2度目の取材は能の会「龍門之会」を発足した24歳のときで大曲『望月』を披いた節目の年だった。当時も能への熱い想いを語っている。それから10年が経ち、現在は能楽師が基盤を築くうえで大切な時期。その日常に密着させていただき、“能のために生きる姿”をお届けする。前回の記事はこちら>>

新作能【沖宮】に託されたもの

『沖宮(おきのみや)』は『苦海浄土』など生涯をかけて水俣病に関する文筆活動を行った作家の故・石牟礼道子さんが最後に書き上げた新作能である。石牟礼さんは30年来の親交があった染織家の志村ふくみさんに衣裳制作を依頼。お二人は現代日本への危機感から“次世代に託す最後のメッセージ”としてこの能作品を完成させたそして孫の志村昌司さんがプロデュース。2018年に金剛龍謹さんがシテを勤めて京都の金剛能楽堂にて上演が実現した。戦に散った天草四郎と人身御供の少女あやが紡ぐ「人の死と再生の物語」は植物の生命の色をまとい、何を伝えるのか。

対談

能楽師
金剛龍謹(こんごう・たつのり)

1988年京都府出身。同志社大学文学部国文学科卒業。父は金剛流26世宗家の金剛永謹。幼少より父と祖父の2世金剛 巌に師事。5歳のときに仕舞『猩々』で初舞台。京都市立芸術大学非常勤講師。京都市芸術新人賞受賞。

アトリエシムラ代表
志村昌司(しむら・しょうじ)

1972年京都府出身。京都大学法学研究科博士課程修了。2013年に染織家の祖母・志村ふくみと母・志村洋子とともに芸術学校アルスシムラ、2016年に染織ブランド・アトリエシムラを設立。『沖宮』の企画プロデュースを行う。

“能”だからこそできる言葉を超越した表現

金剛 『沖宮』のお話をいただいたとき、まず原作を拝読しました。石牟礼先生のご要望は“原作の言葉どおりに能に起こす”でしたが、分量が多くて、そのまま能にするとすごい時間になると思いました。1時間半くらいの演目でも、意外と謡の分量は少ないんです。そこで形を変えないようにご相談をしつつ進めて、詞章作りには能楽研究者のかたに監修していただきました。

志村 詞章の節付けは早かったですね。

金剛 節付けには古典の形に沿ったパターンがございますのと、我々能楽師には七五調の文体が身についているので、詞章を読んでいるうちに節が乗ってくるんです。

志村 石牟礼さんがお能という形にすごくこだわられたのは、目に見えない自分の気持ちを伝えたいという思いがあったからだと思います。原作は現代劇に近いプロットがある物語として進行していく感じなのですが、お能には本来ないことですよね。それをうまく能の形式に合わせるのに金剛さんは苦労されたと思います。石牟礼さんの根本的な問題意識にあったのは、「魂うつれ」という言葉にあるように、自分の気持ちを伝えたいと思ったときに言葉はすでに死んでしまっている、ということだったと思います。そうした状況の中で、能の言葉には言葉に宿っている魂、つまり言霊が残っています。これが石牟礼さんが能に魅力を感じた大きな理由だったのでしょうね。

金剛 そうですね。私は言語化できないからこそ能で表現する意義があると思って演じています。能は神様に捧げる真心から生まれたという起源を持つ芸能ですから、能を演じるということには言葉を超えたものがあると常々感じています。

志村 金剛さんが演じた天草四郎など、能のシテには霊の役が多くて、本来目に見えないものを可視化していますね。

金剛 ええ、ですから『沖宮』に限ったことではありませんが、演じるうえでその役になりきるには、能面の力を借りていることが大きいです。今回は石牟礼道子先生と志村ふくみ先生のお気持ちが込められた作品ということで、能という媒体で私を通してお伝えすることに使命感を覚えました。私にとって初めて手がけさせていただく新作能でしたので、志村ふくみ先生の装束の色に助けていただきました。色自体に役柄の心情が込められている。そこからスタートしていますから、染織の力をお借りしたということを特に感じました。

志村 私たちが手がける染織は植物の生命をいただく、という植物への感謝の気持ちを大切にしています。近代化で自然の生命というものが虐げられていることに石牟礼さんと祖母の悲しみがあるので、“生命の世界を取り戻す”ということが大きなテーマとしてあります。能にも『雪』や『芭蕉』という演目がありますが、生き物や植物が主人公の精霊として登場するところにテーマとして通じるものがあると思います。昔の人たちは、植物や動物にも生命が宿った存在として敬意を払っていたのではないかと思うんです。それを現代社会でも伝えられたらいいですね。金剛さんが演じられた天草四郎の衣裳は不知火海の海底に沈んでいるという設定なので、臭木(くさぎ)という植物の実と藍で制作しました。臭木の実は地元の熊本で集めていただいたんですよ。幼女あやは4〜5歳の設定でして、紅花で染めた緋色の衣裳を制作しました。石牟礼さんは死者に対して花を手向けるという鎮魂の意味も込めて、紅花という染料を選ばれたのではないかと思います。

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