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冬――無彩色の世界に広がる、豊かな色の連なり【鈍色(にびいろ)】京都のいろ・師走 最終回

〔連載〕京都のいろ 京都では1年を通してさまざまな行事が行われ、街のいたるところで四季折々の風物詩に出合えます。これらの美しい「日本の色」は、京都、ひいては日本の文化に欠かせないものです。京都に生まれ育ち、染織を行う吉岡更紗さんが、“色”を通して京都の四季の暮らしを見つめます。連載一覧はこちら>>

【鈍色】
無彩色の世界に広がる、豊かな色の連なり

文・吉岡更紗

美しく色づいた葉も冬が深まるにつれ、次々と落葉し、工房に植えられた落葉樹の木々も枝を残すのみとなり、少し寂しい雰囲気に包まれています。白い息を吐きながら、工房の庭に造られた竈(かまど)で毎日稲藁を燃やし、紅花の赤い色素を生み出す役割を果たす灰をつくりながら暖をとっています。

色なき季節ともいえる冬の到来ですが、寒空の中、京都の街中を歩いていると、冬の寒さも相まって空気が澄みわたっていると感じます。鴨川にかかる橋を渡りながら北を見ると鞍馬山や貴船のあたりなど北山の山並みが見えます。それぞれの山の峰が重なりあっている稜線が、美しい鈍色のグラデーションのようにも見え、更にそこに太陽の光が差し込んだり、もしくは雲がかかったり、山によっては雪が積もっている様子が見えたりと、無彩色ながらも、その色相が幾層にも重なる様子は本当に美しく感じます。

写真/紫紅社

「鈍色」とは、平安時代以降喪に服すときに着用した色で、その亡くなった人との関係が近ければ近いほど濃い色を着たといわれています。このような黒系の色に染めるには、矢車附子(やしゃぶし)や、檳榔樹(びんろうじゅ)、団栗(どんぐり)などのタンニン酸を含む染料を使います。それらを煎じて抽出した液体は茶系の色をしていますが、鉄分を使って媒染(ばいせん)すると、色合いが鈍くなり、今で言うグレーや黒へと発色します。その濃度や回数によって淡い色から濃い鈍色まで染め分けることができるのです。

矢車附子の実。写真/紫紅社

「鈍」という字は、刀が錆びて切れが鈍くなったという意味をもっています。媒染剤として使う鉄分も、錆びたり焼いたりした状態の釘や鉄くずを、お粥の中に入れて酸化させた「鉄漿(かね)」と呼ばれるものです。別名は「お歯黒鉄」ともいい、女性が歯を黒く染めるのにも使われていました。五倍子(ごばいし)というウルシ科の木にできた瘤からとったタンニンが含まれる粉を歯に塗り、その上から鉄漿を重ねることによって黒く発色させていました。

鉄漿を作る様子。写真/紫紅社

コロナ禍が長引き、世の中は色彩を失った長い冬が続いているかのようです。しかし、この1年季節ごとに生み出される自然の色を見つめていると、心が曇ることはありませんでした。無彩色となった冬にも、そこには美しい色の重なりがありました。

刻一刻と変わる季節の移り変わりをくみ取り、一つひとつに丁寧に名前がつけられた日本の色。その数は、世界でも類例をみないほど多いといわれています。その彩り豊かな世界を愛でる、澄んだ心を持ち続けたいと思います。

吉岡更紗/Sarasa Yoshioka

「染司よしおか」六代目/染織家
アパレルデザイン会社勤務を経て、愛媛県西予市野村町シルク博物館にて染織にまつわる技術を学ぶ。2008年生家である「染司よしおか」に戻り、製作を行っている。

染司よしおかは京都で江戸時代より200年以上続く染屋で、絹、麻、木綿など天然の素材を、紫根、紅花、茜、刈安、団栗など、すべて自然界に存在するもので染めを行なっている。奈良東大寺二月堂修二会、薬師寺花会式、石清水八幡宮石清水祭など、古社寺の行事に関わり、国宝の復元なども手がける。

https://www.textiles-yoshioka.com/

【好評発売中】
吉岡幸雄の色百話 男達の色彩
吉岡幸雄(著)
更紗さんのお父様であり、染司よしおかの五代目である吉岡幸雄さん。2019年に急逝された吉岡さんの遺作ともいうべき1冊です。豊富に図版を掲載し、色の教養を知り、色の文化を眼で楽しめます。歴史の表舞台で多彩な色を纏った男達の色彩を軸に、源氏物語から戦国武将の衣裳、祇園祭から世界の染色史まで、時代と空間を超え、魅力的な色の歴史、文化を語ります。

協力/紫紅社

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