アート・カルチャー・ホビー

夏を迎える水無月に、無病息災の願いを託す【小豆色】京都のいろ・水無月 第12回

〔連載〕京都のいろ 京都では1年を通してさまざまな行事が行われ、街のいたるところで四季折々の風物詩に出合えます。これらの美しい「日本の色」は、京都、ひいては日本の文化に欠かせないものです。京都に生まれ育ち、染織を行う吉岡更紗さんが、“色”を通して京都の四季の暮らしを見つめます。連載一覧はこちら>>

【小豆色】
夏を迎える水無月に、無病息災の願いを託す

文・吉岡更紗

6月のことを、旧暦では「水無月」と呼びますが、「無(な)」は「の」を意味する連体助詞で、「水の月」ということだそうです。田に水を引く時期、もしくは梅雨時期にあたる、更には旧暦で考えると8月頃にあたるため田の水が涸れてなくなるので、やはり水が無いという意味なのではないか、と諸説あるようです。工房の近くの田んぼを見に行くと、なみなみと水がはられ、田植えを終えた青々とした稲の様子が美しく、梅雨時なのに真夏のような晴れ間が続いているこの時期には、目にも涼やかな風景です。

京都では6月に、この和風月名を冠した「水無月」というお菓子をよく頂きます。ういろうの上に小豆をのせて、三角に切られたお菓子ですが、かつて宮中で6月1日に暑気払いのために京都の北にある氷室を開き、冬から保存されていた天然の氷を食べた習慣から来ているといわれています。暑い夏を迎える前に、その氷に見立てたお菓子を庶民も食べるようになり、無病息災を祈りました。

撮影/伊藤 信

6月30日は、ちょうど1年の半分を過ごした日なので、その半年分の穢(けが)れをおとす「夏越の祓(なごしのはらえ)」という行事が様々な神社で行われます。神社の境内に、茅萱(ちがや)で編まれた大きな茅の輪がしつらえられ、そこを8の字を描くように、「水無月の 夏越の祓する人は 千歳(ちとせ)の命延(の)ぶというなり」などと唱えながらくぐり、残り半年の無病息災を祈ります。

撮影/伊藤 信

水無月も次第に「夏越の祓」に食べられるお菓子として定着していきますが、誕生日が6月30日ということもあり、私にとっては「誕生日のケーキと一緒に頂くお菓子」もしくは「誕生日のケーキの代わりに食べるお菓子」という存在でありました。

氷に見立てられた三角の形もそうなのですが、上にのっている小豆も邪気を払うものと考えられていました。小豆の赤い色が、太陽や火をあらわす信仰の対象となり、魔除けの色として重んじられるようになり、お赤飯や和菓子にも使われるようになります。

静岡県の登呂遺跡からも小豆が出土しており、紀元前から日本人の食生活に貴重な栄養源として存在している小豆ですが、色名として「小豆色」が登場するのは江戸時代以降といわれています。また、どのような染料を用いて染めたかなどを記録した文献は見つかっておらず、今回の色見本は、蘇芳(すおう)というマメ科の木の芯と、楊桃(やまもも)の木の皮を用いて表しました。

以前、和菓子屋さんのギャラリーにて展示をする機会があり、その際に「小豆で染めることはできるのでしょうか?」というお尋ねがありました。今まで、豆類を下染めに使うことはありましたが、染料として使用した経験はありませんでした。確かに小豆をゆでる際に、赤い色が出る……という話になり、和紙や布を染めることになりました。なかなか小豆本来の色をあらわすことはできませんでしたが、優しいほんのりとした赤みの茶色に染まりました。

吉岡更紗/Sarasa Yoshioka

「染司よしおか」六代目/染織家
アパレルデザイン会社勤務を経て、愛媛県西予市野村町シルク博物館にて染織にまつわる技術を学ぶ。2008年生家である「染司よしおか」に戻り、製作を行っている。

染司よしおかは京都で江戸時代より200年以上続く染屋で、絹、麻、木綿など天然の素材を、紫根、紅花、茜、刈安、団栗など、すべて自然界に存在するもので染めを行なっている。奈良東大寺二月堂修二会、薬師寺花会式、石清水八幡宮石清水祭など、古社寺の行事に関わり、国宝の復元なども手がける。

https://www.textiles-yoshioka.com/

【好評発売中】
吉岡幸雄の色百話 男達の色彩
吉岡幸雄(著)
更紗さんのお父様であり、染司よしおかの五代目である吉岡幸雄さん。2019年に急逝された吉岡さんの遺作ともいうべき1冊です。豊富に図版を掲載し、色の教養を知り、色の文化を眼で楽しめます。歴史の表舞台で多彩な色を纏った男達の色彩を軸に、源氏物語から戦国武将の衣裳、祇園祭から世界の染色史まで、時代と空間を超え、魅力的な色の歴史、文化を語ります。

協力/紫紅社

Ranking今週の人気記事 ベスト5

家庭画報 最新号

9月号 7月30日発売

「本物印」の食材で最高の朝ごはん

一部地域は輸送の関係で発売が遅れる可能性があります。

© SEKAI BUNKA PUBLISHING INC. All rights reserved.

Loading