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初夏の訪れを告げる淡い紫色の花【楝色(おうちいろ)】京都のいろ・皐月 第10回

〔連載〕京都のいろ 京都では1年を通してさまざまな行事が行われ、街のいたるところで四季折々の風物詩に出合えます。これらの美しい「日本の色」は、京都、ひいては日本の文化に欠かせないものです。京都に生まれ育ち、染織を行う吉岡更紗さんが、“色”を通して京都の四季の暮らしを見つめます。連載一覧はこちら>>

【楝色】
初夏の訪れを告げる淡い紫色の花

文・吉岡更紗

5月も後半となりました。「風薫る」という季語があるように、5月は花の香りを運び、若葉の緑が冴え、心地よい初夏の風によって季節が少しずつ変わっていくことを感じられる爽やかな時期です。今年は、四季のめぐりが少し早く感じられますが、京都もしばらく長雨が続くようで、早くも梅雨入りするのかもしれません。

そんな雨予報が続く中、束の間の晴れの日があると、川沿いを散歩するのが楽しみとなっています。鴨川沿いを歩いていると、桜や柳の葉がかなり大きくなり、緑が日に日に濃くなっているのがわかります。目に優しい緑の葉をたたえる木々の中で、楝の木を見つけました。淡い紫色をした小さい花がところどころに咲き始めていて、蕾もたくさんついているのがわかります。

撮影/吉岡更紗

楝とは、聞きなれない名前で、自分も調べるまで桐の花にしては小さいな、と思っていましたが、調べてみるとセンダン科の落葉樹であることがわかりました。5月中旬から6月にかけて青みのある淡いた淡い細かい花をつけます。『枕草子』三十七段には「木のさま憎げなれど、楝の花いとをかし。枯れ枯れにさまことに咲きて、必ず五月五日のあふもをかし」と、書かれています。著者である清少納言の過ごした平安時代は旧暦で過ごしていましたので、たくさんの細かくついた蕾が咲いては枯れ、咲いては枯れを繰り返し、旧暦の5月5日頃には、必ず咲いている美しい花、と考えられていたのだと思われます。

撮影/吉岡更紗

前回の連載でも触れたとおり、旧暦の5月5日は薬を猟りに行く日でした。平安時代に入ってからも、その風習が少し残り、宮中では天下泰平と五穀豊穣を祈り、競馬会が行われていました。

『源氏物語』第25帖「蛍」の巻にもその様子が描かれています。光源氏と、ゆかりある女性たちが住まう六条院の北東に設けられた馬場で騎射の催しがあり、大勢の人たちが見物に来ていました。女君たちは几帳の内側からその様子を見ているのですが、女君たちのお世話をする童女たちの姿が描かれています。玉鬘(たまかずら)の童女は「菖蒲襲の衵(あこめ)、二藍の薄物の汗衫(かざみ)」を着ていて、下仕えの女の子は「楝の裾濃(すそご)の裳、撫子の若葉の色したる唐衣、今日のよそひどもなり」とあります。

「菖蒲の襲」。撮影/小林庸浩

「裾濃」とは、上側は淡く、裾にいくほど濃く染色されたグラデーションのような染め方のことをいいます。「今日のよそひどもなり」とは、どの方も端午の節句にぴったりの衣装を着ているという褒め言葉でもあります。

「楝の裾濃の裳」。撮影/小林庸浩

光源氏が玉鬘の部屋を訪ねると、やはり端午の節句らしく薬玉が飾られていると書かれています。菖蒲や蓬と共に、この楝の花も薬玉に入れ邪気を払う祈りを込められていたと言われており、端午の節句に飾り、食される粽も、かつては楝の葉で包まれていたそうです。

旧暦の5月5日は6月の中旬頃ですが、それまでこの楝の花は枯れては咲き、しばらく美しい花の様子を見せてくれるのだと楽しみにしています。

吉岡更紗/Sarasa Yoshioka

「染司よしおか」六代目/染織家
アパレルデザイン会社勤務を経て、愛媛県西予市野村町シルク博物館にて染織にまつわる技術を学ぶ。2008年生家である「染司よしおか」に戻り、製作を行っている。

染司よしおかは京都で江戸時代より200年以上続く染屋で、絹、麻、木綿など天然の素材を、紫根、紅花、茜、刈安、団栗など、すべて自然界に存在するもので染めを行なっている。奈良東大寺二月堂修二会、薬師寺花会式、石清水八幡宮石清水祭など、古社寺の行事に関わり、国宝の復元なども手がける。

https://www.textiles-yoshioka.com/

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吉岡幸雄の色百話 男達の色彩
吉岡幸雄(著)
更紗さんのお父様であり、染司よしおかの五代目である吉岡幸雄さん。2019年に急逝された吉岡さんの遺作ともいうべき1冊です。豊富に図版を掲載し、色の教養を知り、色の文化を眼で楽しめます。歴史の表舞台で多彩な色を纏った男達の色彩を軸に、源氏物語から戦国武将の衣裳、祇園祭から世界の染色史まで、時代と空間を超え、魅力的な色の歴史、文化を語ります。

協力/紫紅社

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