認知症と親子の関係を当事者の視点から描く映画『ファーザー』

『ファーザー』

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独房にいてなお何かしでかしそうな威圧感。冷静沈着に、そして残酷に人をことばで操り、相手の心を凍りつかせる──『羊たちの沈黙』で演じた猟奇殺人犯の天才精神科医レクター博士役で、観客に鮮烈な印象を残したアンソニー・ホプキンス。その最新主演作が、30か国以上で上演された戯曲を映画化した『ファーザー』だ。


これまでも、人間が裡（うち）に秘める相反する感情や二面性を自在に表現してきた名優は、本作で認知症によって次第に自らを失ってゆく不安を、素のごとく演じている。

認知症の兆しを見せる父・アンソニーを心配し、介護士を探す娘のアンに、一人で大丈夫だといい放つアンソニー。

だが、そんな強気のことばと裏腹に、彼の記憶は次第に現実と幻想の境界を行き来し始める。自分のフラットに現れた男は、女は誰なのか。アンは離婚したのか、腕時計は一体どこに......。

特筆すべきは原作者でもある監督が“わからない”ということに対して人間が覚える不安を、そして自我が崩れてゆくさまを、認知症の当事者の視点から描いていること。

喜怒哀楽だけでなく虚無的な表情も残るホプキンスをはじめ、6人の役者の秀逸な演技と、どこか不穏なルドヴィコ・エイナウディの音楽も見事にマッチしている。