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鎮座100年を迎える明治神宮。100年の節目に行われた御社殿御屋根の大修復

鎮座100年を迎える森の社を訪ねて 明治神宮100年目の美と森 第2回(全7回) 東京という都会の中心に位置し、荘厳な鎮守の杜と日本一の初詣参拝者数で知られる明治神宮。明治天皇と昭憲皇太后をお祀りし、創建されたのが1920年。戦後復興を経て今年は鎮座100年の節目となります。11月1日の鎮座百年祭に向けてさまざまな準備が行われてきました。それは明治神宮における美の再編ともいえます。この美の神域に美の源泉を辿り、新たな時代に向けてのメッセージを探ります。前回の記事はこちら>>

明治神宮
参道から望む本殿
正参道から一直線に第三鳥居、南神門、外拝殿、内拝殿越しに本殿の木階(もっかい=木の階段)が見える。遠くから神様の存在を感じられるよう意図的な設計がなされている。

建築と造形の技を後世に伝える
御社殿御屋根の大修復

鎮座百年事業で、参道端の擬石仕上げの舗装や外拝殿への斜路の設置など、バリアフリー化が進展。しかし足元だけでなく、見上げる社殿の御屋根の修理も一大事業でした。

本殿銅葺き屋根修理
本殿銅葺き屋根修理
奥の大屋根が本殿の御屋根。手前、作業員が銅板葺きしているのは本殿と内拝殿をつなぐ祝詞殿。屋根の木部の問題箇所も修復していく。

美しい屋根の連なる御社殿群。しかし創建時の檜皮葺きの御社殿は、南神門と廻廊の約6分の5と北廻廊以外が戦災で焼失。主要部は1958年に再建復興されたものです。

それから既に60年以上が経ち、銅板に取って代わった御社殿群の御屋根も老朽化し、今回の百年記念事業において大修復が行われました。工期は4年。使った銅板は小さなものも含めると13万枚、それも屋根の部分ごとに型を取って板を作るという途方もない規模の大修理です。

本殿
本殿
正面柱間が3つの流造(ながれづくり)。流造は神社本殿で最も一般的な建築様式。屋根に千木(ちぎ)と堅魚木(かつおぎ)を載せて、本殿であることを明示している。

「銅板葺きも進歩しているんです。たとえば一文字葺きの屋根は熱で皺が寄り、そこから水漏れすることが結構ありましたが、今はエキスパンション(緊結せずに接続する方法)で熱に対応できるようになっています」と葺き替えを担った望月板金の石井太一郎さん。厚さ0.35ミリの銅板には一枚一枚寄贈者の名前が入り、人々の願いも背負っての作業です。

内拝殿
内拝(ないはい)殿
かつて中門が建っていた場所に復興で造られた。二拝殿方式を採用。内拝殿の神事を外拝殿に着席する参列者が望めるようになった。

正参道から南神門をくぐると現れる3本のクスノキも2年前に剪定されました。巧みなツリークライミングで作業士によって剪定されたクスノキは、百年祭を前に今美しい樹形を見せています。

大クスノキの剪定
大クスノキの剪定
ツリークライミングで剪定作業を行う岡野造園の職人たち。幹に直接日があたると日焼けしてしまうので、バランスを見ながら枝を落とす。

戦禍を免れた南神門

「楼門の1層目には機能はなく、立派に見せるためのもの。楼門は1層、2層の幅や高さなど、設計の自由度が大きいので、設計者の美意識がもろに見えてしまう建物です」と近代建築史が専門で『明治神宮の建築』の著者である藤岡洋保(ひろやす)さん。

「創建時の社殿は、自由曲線を多用した優美な錺(かざり)金具が注目点です。柱と梁や肘木(ひじき)、垂木の大きな面取りや、柱のカーブで優美さを表現しています」。設計者の気概が随所に刻まれています。

「創建時の伊東忠太、安藤時蔵、大江新太郎、再建時の角南(すなみ)隆と、神社建築で著名な4人の建築家の作品が一度に見られるのは明治神宮だけです」。

構成・取材・文/三宅 暁(編輯舎) 撮影/鈴木一彦

『家庭画報』2020年11月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。

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